「東洋の魔女」丸山さん死去 東京五輪金メダル最年少レギュラー
「東洋の魔女」丸山さん死去
1964年東京五輪のバレーボール女子で金メダルを獲得し「東洋の魔女」と呼ばれた日本代表メンバーだった丸山サタ(まるやま・さた=旧姓磯辺=いそべ)さんが18日午後10時13分、大阪市内の病院で死去した。72歳。73歳の誕生日前日の急逝だった。
丸山さんは太平洋戦争の影響で孤児になり、住まいも転々とした。戦争の影の中で生き抜き、「私は能天気だから」と天性の明るさ、たくましさ、我慢強さを失わなかった。中学でバレーボールを始め、高校卒業後には強豪の日紡貝塚に入社。「先生はありとあらゆるレシーブの練習をさせた」と振り返った大松博文監督の厳しい指導に耐え、「東洋の魔女」最年少のレギュラー選手となった。アタッカーとして20歳で出場した東京五輪では全試合に出場。金メダルを決めたソ連との最終戦で日本選手最多の6得点を挙げ、歓喜の瞬間もコートで味わった。
競泳選手だった長男・繁守氏と親子2代の五輪代表になったが、ソウル五輪では現地に息子の応援には訪れなかった。「“魔女の子”と言われ、つらい思いをさせていた。私が行ったらメダルのことを言われて本人がかわいそう」。五輪の光、そしてそれにまつわる影を知る人だった。
13年に東京五輪代表の主将だった河西昌枝さんが亡くなった際には「河西昌枝さんと次の東京五輪を見に行こうねと言っていたのに…」と別れを惜しんでいたが丸山さんも2度目の東京五輪を見る夢はかなわなかった。
◆丸山 サタ(まるやま・さた)旧姓・磯辺(いそべ)。1943年(昭18)12月19日、千葉県出身。中学でバレーボールを始める。大阪・四天王寺高卒業後に日紡貝塚に入社。優勝した62年世界選手権、64年東京五輪で日本代表としてプレー。65年に引退。1メートル73。ポジションはレフト。
▽東洋の魔女 日紡貝塚が変化球サーブを武器に61年の欧州遠征でソ連に6戦全勝など22連勝し“東洋の魔女”という異名が生まれる。代表12人中10人が日紡貝塚の選手だった62年世界選手権も金メダル。64年東京五輪も12人中10人が日紡貝塚の選手で占められソ連との最終戦の解説をしていた米国のテレビ局のコメンテーターが日本の攻撃のたびに「オリエンタル・ウイッチ」と繰り返した。
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