救われたヒーロー、そして悲運のエース…事故にまつわるスポーツ選手の運命

[ 2016年9月30日 08:40 ]

ボート事故で亡くなったマーリンズのホセ・フェルナンデス投手(AP)

 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】昨季限りでNBAから引退したコービー・ブライアント(38)の在籍チームと言えばロサンゼルスを本拠にしているレイカーズ。しかし米西海岸の人気チームは56年前に消滅していたはずだった。

 1960年1月18日、レイカーズはホークスとの対戦を終えて遠征先のミズーリ州セントルイスから、当時本拠を置いていたミネソタ州ミネアポリスに戻ろうとしていた。選手やコーチ、スタッフが乗り込んだのは貨物機を改造した専用機。ところが離陸後に電気系統が故障。機内は真っ暗になった。すぐに高度が低下。付近に空港はなく機長は緊急着陸できる場所を探した。そこはアイオワ州の上空。最初は道路に不時着しようとしたが車と衝突する危険があったので回避した。

 その時、隣にいた副操縦士が叫ぶ。「機長、自分の両親はアイオワで農業を営んでいます。この時期、畑には雪が積もっているんです」。そして機長は決断。専用機は同州のキャロルという小さな町のトウモロコシ畑に不時着し、50センチほど積もった雪がクッションとなって全員の命を救った。機体もほぼ無傷だった。

 機内にはこのシーズンにNBAの新人王となり、やがて殿堂入りを果たすエルジン・ベイラー(当時25歳)がいた。もし墜落していれば未来のヒーローだけでなく、レイカーズの全選手、全スタッフが命を落とし、チームはこの時点で消滅。副操縦士のとっさの判断があったからこそ、今のレイカーズがあるといってもいい。

 大リーグ・マーリンズのホセ・フェルナンデス投手がボートの事故で死亡。今季16勝を挙げたエースの死は全米に衝撃を与えた。事故原因はまだ究明されていないが、視界を確保できない夜間に猛スピードを出して岩場に激突したとされている。ボートを操作していたのは同乗していた他の2人(ともに死亡)のどちらか。同投手の責任ではないようだが、かつてのレイカーズにあったような死の目前で引き返すだけの知力と判断力がなかったと言わざるを得ない。

 大リーグではかつてパイレーツのロベルト・クレメンテ外野手、ヤンキースのサーマン・マンソン捕手がともに飛行機の墜落事故で現役中に死去。事故による競技人生の終焉というニュースを耳にすると、いつもやり切れない気持ちになってしまう。

 9月26日、米AP通信からは「OBIT」と呼ばれる死亡記事が2つ流れてきた。ひとつはゴルフ界で「THE・KING」と呼ばれたアーノルド・パーマー氏の記事で、もうひとつがフェルナンデス投手の記事。どちらも総力取材をかけた雰囲気がうかがわれる“長編”だった。

 享年はパーマー氏が87でヘルナンデス投手は24。OBITという同じ種別の記事にもかかわらず、その行間にはまったく異なる雰囲気が漂っていた。「生きていればどんな活躍をしたのだろう?」。その質問の答えは永久に出てこない。「もしフェルナンデスにレイカーズのような運があったら…」。長い長いOBITを読み終えた時、私の脳裏をよぎった光景はフロリダの海ではなく、アイオワの雪だった。(専門委員)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、佐賀県嬉野町生まれ。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。

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