東京五輪目指す「ハーフアスリート」驚異の身体能力に迫る

[ 2015年8月20日 14:00 ]

陸上短距離 サニブラウン・ハキーム(16歳・東京 城西高2年) 父ガーナ

 「ハーフタレント」という言葉が使われ始めたのは、どれくらい前だったろうか。1800日後に20年東京五輪開幕を控え、スポーツ界にも「ハーフアスリート」が多く台頭してきた。陸上男子短距離のサニブラウン・ハキーム(16=東京・城西高)をはじめ、バレーボールや柔道など各競技で躍動している。64年東京五輪から50年余りが経過し、グローバル化が進む日本のスポーツ界。新風を吹かせる若者たちのポテンシャルに迫る。 (特別取材班)

 「遺伝学の原則なんですよね。遺伝子をミックスするのは強い子孫をつくっていくことが目的。両親の持っているいいところを足し算していく。日本人と外国人が子供をつくると、それぞれの長所を兼ね備えている可能性が高いと言える」

 スポーツ界をにぎわすハーフアスリートの活躍。果たして彼らはハーフだから強いのか。先天的なものはどこまで影響しているのか。そのヒントを求めて、東大大学院で運動生理学を研究する石井直方教授(60)に尋ねた。

 石井教授は学術的にスポーツを研究する一方で、パワーリフティングやボディービルで日本一に輝いた経歴の持ち主。まさに身をもって研究を進め、白人や黒人、黄色人種の肉体の違いもその目で見てきた人物である。

 「やっぱり背中ですよね。広がりも厚みも違う。ちょっとアジア人には出せないシルエットがある」。背中もおなか回りも含めて体幹全体が太い白人、一方で黒人はウエストがぐっとくびれ、その分背中の広がりがあるという。その説明を聞いて、アンドレ・ザ・ジャイアントとボブ・サップの体形の違いが思い浮かんだ。

 力の発揮のされ方にも差はある。「押す筋力が必要なベンチプレスと背中で引くデッドリフト。これを比べると日本人は圧倒的に押す力が強い。引く力は欧米人が強い」。20代男性を比較した場合、白人の方が日本人よりも2~3%は筋肉の量が多いという違いもある。また黒人は太腿を持ち上げたり、体幹の安定性を支える大腰筋のサイズに秀でているという。ハーフアスリートは、そうした長所を併せ持っている可能性が高い。

 大腰筋の発達は骨盤の前傾につながる。黒人選手に見られる特徴だ。ガーナ人を父に持つ陸上短距離のサニブラウンは、7月の世界ユース選手権100&200メートルで2冠。200メートルでは現世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)が持っていた大会記録20秒40を0秒06上回る、20秒34を叩き出した。22日開幕の世界選手権に日本史上最年少で出場。城西高で指導する山村監督は「(サニブラウンは)骨盤が立っていて、骨盤を自然に柔らかく使える。そういうところはプラスでしょう」と長所を説明する。

 ナイジェリア人の父を持つバレーボール女子の新星・宮部藍梨(大阪・金蘭会高)の高く滞空時間の長い跳躍力も目を見張る。1メートル81ながらスパイク最高到達点3メートル9は、1メートル85のエース木村沙織(東レ)の3メートル4を上回る数値。日本代表の真鍋監督も「高さとパワーが魅力」と評価するほどだ。大腰筋はジャンプ力にも深く関わっているとされている。

 米国人の父を持つ陸上七種競技のヘンプヒル恵(中大)は今年4月に日本歴代3位となる記録をマークするなど成長著しい。高校時代は七種競技だけでなく、100メートル障害、400、1600メートルリレーにも出場するなど、タフな競技日程をこなし“鉄の女”としても注目を集めた。同じく米国人の父を持つ柔道男子のベイカー茉秋(東海大)は類いまれなるパワーと技の幅を組み合わせるスタイルで、2年連続で世界選手権に選出されている。

 もちろん、スポーツでの成功に必要なのは先天的な要因だけではない。サッカーが下手なブラジル人がいて、柔道の弱い日本人がいるように、民族や人種でひとくくりにはできない。もしも、ハーフに生まれたことで何かアドバンテージがあるとすれば…。それはきっとスポーツを愛する神様からの、ささやかなギフト。それだけでは黄金の輝きは帯びない。周囲の支え、そして自らの努力で才能を開花させた時、TOKYOで大歓声が降り注ぐ。 

 ◆石井 直方(いしい・なおかた)1955年(昭30)3月15日、東京都文京区出身の60歳。東大理学部生物学科卒業、同大学院理学系研究科動物学博士課程修了。現在は東大大学院新領域創成科学研究科教授、理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。81年ボディービルミスター日本優勝、世界選手権3位。82年ミスターアジア90キロ以下級優勝、01年全日本社会人マスターズ優勝。パワーリフティングでも全日本学生連覇。

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