前田 血染め世界切符!「やってもうた~」転倒も日本人最高3位

[ 2015年3月9日 05:30 ]

2時間22分48秒でゴールする前田彩里。日本人トップの3位に入った

名古屋ウィメンズマラソン

(3月8日 ナゴヤドーム発着)
 8月の世界選手権(中国・北京)の代表選考会を兼ねて行われ、マラソン2度目の前田彩里(さいり、23=ダイハツ)が日本歴代8位の2時間22分48秒で日本人トップの3位に入った。15キロの給水で他選手と交錯して転倒。左膝などから出血しながら日本人8年ぶりの“23分切り”を果たし、世界切符を確実にした。ユニスジェプキルイ・キルワ(30=バーレーン)が大会記録の2時間22分8秒で優勝した。

 長く止まっていた日本マラソン界の時計の針が動いた。前田はサングラスを外して笑顔を見せ、3位でゴールイン。2時間22分48秒は日本歴代8位の好記録だ。日本勢が23分を切ったのは、07年東京国際の野口みずき(2時間21分37秒)以来、8年ぶりとなった。

 「優勝を目指していたので、悔しい。納得はできていません」。自己採点は厳しいが、アクシデントを乗り越えての激走には価値がある。15キロの給水で初マラソンの小原と交錯し、2人とも転倒。左膝、右肘をすりむき、左手首を強打した。だが、すぐに起き上がり先頭に追いつくと、左膝に血をにじませながらハイペースに付いていった。

 「やってもうたーと思いました」。レース後は転倒の場面をあっけらかんと振り返ったが、実は天に祈っていた。元実業団ランナーの父・節夫さん(享年54)は13年8月に他界。「お父さん、何とかして」と心の中で叫んだ。そして「ペースは余裕がある。落ち着こう」と言い聞かせて立て直した。31キロでキルワに、35キロでコノワロワに離されたが、最後まで自分のペースを守った。

 愛娘の激走を現地で見守った市民ランナーの母・淳子さん(52)は熊本信愛女学院時代を懐かしそうに振り返る。「帰省した時、本当は休まなければいけないのに私に付いて2時間ぐらい走って。先生からは“走らせないで”と…」。今も走り好きは変わらない。2月末までの1カ月の米合宿では「40キロ走をした日に自主的に30キロ、合計70キロも走った」(ダイハツ・林監督)ことがあったという。根っからのマラソンランナーだ。

 初マラソンで日本学生新の2時間26分46秒を出したのが、佛教大4年だった昨年の大阪国際。それ以来の42・195キロで期待通りの飛躍を遂げた。これで世界選手権の代表は確実。そこで日本人トップで8位入賞を果たせば、リオデジャネイロ五輪が当確となる。「まだ(世界選手権の)イメージは湧きません」。愛らしいルックスの日本の新エースから笑みがこぼれる。まだ23歳。まだマラソン2回。シンデレラストーリーは五輪のメダルへと続いていく。

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