藤田 W杯で時の人になる!そして…19年日本開催で主将を

[ 2015年1月2日 09:55 ]

笑顔を見せながらラグビーボールを手にする早大・藤田

 ラグビーW杯が9月18日にイングランドで開幕する。87年の第1回大会から8大会連続出場する日本だが、通算成績は1勝2分け21敗。91年のジンバブエ戦以来、24年ぶりの勝利へ期待が高まる中、若きエースとして注目を集めるのがWTB藤田慶和(21=早大)だ。日本代表最年少キャップを保持し、快進撃を続けるエディージャパンの“象徴”に、W杯の展望、将来のスーパーラグビー入り、19年日本大会への思いを聞いた。

 ――初めて見たW杯はいつ?

 「03年です。決勝でイングランドのウィルキンソンが最後にドロップゴールを決めて勝ったんですけど(※1)、僕はオーストラリアが好きだった。スーパーラグビー(※2)のブランビーズ(※3)が好きで、そこの選手がたくさんいたので応援していました」

 ――この時、オーストラリアはエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチが指揮を執っていた。

 「その時にエディーさんが監督だったとは知らなくて、代表に入ってから知りました。偶然というか、縁があるのかな。あらためて、凄い人に教わっていると思います」

 ――ウイングはポジション争いの最激戦区(※4)。レギュラーを争う上で藤田選手の強みは?

 「ハードワークという部分では、他の選手に負けてないと思う。強さや速さでは少し負けているかもしれないが、距離を動けるとか、いろんなところに顔を出すとか、そこは勝っているところじゃないかなと思います」

 ――W杯の目標は?

 「チームとしては8強を目指すべきだと思いますし、そこをターゲットにしないと、絶対にたどり着けないと思う。個人的には試合に出て、勝利に貢献できる選手になりたい。トライを取ったり、チームを勢いづけることができれば」

 ――子供の頃からスーパーラグビー(SR)でのプレーに憧れていた。

 「父(久和さん)がラグビーが好きで、自宅でスカパーに入って国際試合やトップリーグを流してくれた。その中で一番、SRに食いつきました。小6の時に文集に“オーストラリア代表になりたい”と書いてました」

 ――一昨年の10月、15年シーズンからSRでプレーすると目標を掲げていたが?

 「現実的に厳しいので、今はW杯に集中しています。ただ、W杯は世界中の人が見ている。いい例として、米国の凄い速いウイングが、ハバナを1回抜いただけ有名になった(※5)。実際むちゃくちゃ凄い選手かと言われればそうでもないのに、ハバナを抜いたというだけで有名になって取り上げられたのはW杯の魅力。僕もW杯で活躍して16年からプレーする、という思いはあります」

 ――焦りはないのか?

 「サッカーの本田選手に学んだ部分があります。本田選手も香川さんや長友さんに、先にビッグクラブに行かれた。でも、今は一番いいところにいて、活躍している。しっかり努力をしていけば、必ず本田選手のようになれるんだな、という思いはあります」

 ――19年には日本でW杯が開催される。

 「確実に出場しなければいけない。今は一番年下で引っ張ってもらっていますが、プレーでも言葉でも引っ張れる選手になり、日本の中心選手としてチャレンジしたい」

 ――主将に指名される可能性もある。

 「キャプテンになれる器かどうか分からないですけど、もしチャンスがあれば、やってみたいなという思いは少しはありますね」

 ◆藤田 慶和(ふじた・よしかず)1993年(平5)9月8日、京都府生まれの21歳。小3からラグビーを始め、ラグビー留学した東福岡高では1年からレギュラーを獲得し、全国高校ラグビー大会を3連覇。12年4月に早大に入学し、同年5月5日のUAE戦では18歳7カ月27日の日本代表最年少キャップ記録を樹立した。日本代表通算18キャップ、通算22トライ。ポジションはFB/WTB。1メートル84、90キロ。

 ※1 地元オーストラリアとイングランドの決勝は延長戦に突入。17―17で迎えた残り30秒、イングランドのSOウィルキンソンがドロップゴールを決めて初優勝した。

 ※2 オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカの南半球3カ国による世界最高峰リーグ。96年創設で05年までは参加12チームで「スーパー12」の名称。06年から14チーム、11年から15チーム、16年からは18チームとなって日本も参入。

 ※3 オーストラリアの首都キャンベラに本拠に置くチーム。96年のリーグ創設時から参戦し、98~01年にはジョーンズ・ヘッドコーチが指揮。優勝は01、04年の2度。

 ※4 藤田のほかに代表一のスピードを持つ福岡堅樹(筑波大)、スーパーラグビーのウエスタンフォース入りが決まっている山田章仁(パナソニック)、パワー自慢のカーン・ヘスケス(宗像サニックス)で争う。14年秋はCTBでプレーした松島幸太朗(サントリー)も候補の一人。

 ※5 07年W杯で世界最速と評判だった南アフリカのWTBハバナを、米国のWTBングウェニアが振り切ってトライ。ほぼ無名だったングウェニアの名は、一躍世界のファンに知れ渡った。

続きを表示

この記事のフォト

2015年1月2日のニュース