太田置き土産の銀 日本の“至宝”が引退示唆

[ 2012年8月7日 06:00 ]

銀メダルを手に笑顔の(左から)淡路卓、太田雄貴、三宅諒、千田健太

ロンドン五輪フェンシング フルーレ男子団体

 5日、フェンシングのフルーレ男子団体で日本が銀メダルを獲得した。延長までもつれ込んだ準決勝のドイツ戦を、エース太田雄貴(26=森永製菓)の活躍で制した日本は、決勝でイタリアに39―45で惜敗した。それでも、太田は08年北京の個人戦で獲得した銀に続く2大会連続の五輪メダル獲得。日本フェンシング界の伝統を築いた功労者は、今大会で五輪競技から引退することを示唆した。

 表彰式が終わると、太田は東日本大震災で被災した女子代表の菅原智恵子に銀メダルを預けた。「狙っていた金メダルじゃなかったので」。少しだけ口にした、悔しさ。だが、北京とは違うメダルの意味も、26歳は知っていた。「あのときのメダルがなければ今回もなかった。あの時はわけが分からないメダル。今回は狙って獲ったメダルだから」。

 「全てをピスト(試合場)に置いてこよう」。チームメートに声を掛けて挑んだ勝負だった。最大の見せ場は準決勝のドイツ戦。最後のフェンサー、太田が一度は逆転を許したが、残り1秒で同点に追いつき、延長戦はビデオ判定でサドンデスの1点を挙げた。「最後は運も味方してくれた」。決勝のイタリア戦は37―40で最後の勝負を託されたが「相手の力が1枚上だった」とさばさばした表情で振り返った。

 09年にはフランスの古豪クラブに単身で渡り、世界ランキングは日本人初の1位にも輝いた。その一方で、昨年8月末には肋骨を骨折。思い通りの調整ができずに、いらついたこともあった。「くじけそうだったが、五輪で勝ちたいという思いが僕を支えた」。

 試合後には「若い選手が出てきたし、4年後もやってくれると思う。僕?それは聞かないことで」と、五輪出場は今大会が最後になることを示唆した。「(他の)3人はメダルを首に掛けてなかったので、何とかプレゼントしたかった」のは、置き土産の思いだったか。日本のフェンシングを世界にアピールした至宝は、ロンドンにも足跡を残し、その戦いを終えた。

 ▼三宅諒 メダルが凄い重くてこれだけのことをしたのかと感じた。太田先輩や(千田)健太先輩に恩返しする気持ちで一本一本気持ちを込めてやった。4年後は自分が中心になってできると思う。

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2012年8月7日のニュース