真央の母・匡子さん死去…緊急帰国も間に合わず

[ 2011年12月10日 06:00 ]

母親の容態急変で、グランプリファイナルを欠場し帰国した浅田真央選手

 フィギュアスケート女子の10年バンクーバー五輪銀メダリスト・浅田真央(21=中京大)の母・匡子(きょうこ)さんが9日早朝、肝硬変のため名古屋市内の病院で死去したとマネジメント会社が発表した。48歳だった。浅田は出場予定だったGPファイナル(9日=日本時間10日=開幕)を欠場し、開催地のカナダ・ケベックからこの日夕方に緊急帰国したが、最愛の母の最期をみとることはできなかった。通夜、告別式は近親者のみで行う。

 間に合わなかった。以前から内臓疾患を抱え、入退院を繰り返していた浅田の母・匡子さんの容体が8日に急変。現地時間の8日早朝に日本から連絡が入り、浅田はGPファイナルを欠場し、佐藤信夫コーチとともにカナダから緊急帰国した。マネジメント会社によると、匡子さんが肝硬変で死去したのは9日早朝。浅田が日本に向かっている最中だった。

 午後4時半頃、成田空港に到着した浅田は周囲に憔悴(しょうすい)した表情を見せたくなかったのか、黒のニット帽を目深にかぶり大きなマスクをして足早に歩を進めた。「日本の皆さんが心配していますが」との問いかけには、無言で一礼。国内線を乗り継ぎ中部国際空港に到着したのは午後7時すぎ。人目を避けるように一般出口と違う出口から姿を消した。

 昨季は世界選手権で自己ワーストの6位に沈むなど不振に陥った浅田だが、今季はNHK杯で2位、ロシア杯では3季ぶりにGPシリーズを制覇。復調をアピールしていたシーズンが一転、大きな悲しみに襲われた。23日開幕の全日本選手権(大阪・なみはやドーム)の出場については現時点では未定。日本スケート連盟の規定では、来年3月の世界選手権(フランス・ニース)の代表に入るには全日本選手権出場が義務づけられているが、スケートのことを考えられる状況にはない。今はただ、最愛の母に寄り添うだけだ。

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