河野“笑劇”初V!1時間53分に及ぶプレーオフ制す

[ 2011年10月31日 06:00 ]

最終日、プレーオフ6ホール目、バーディーパットを沈め、優勝を決めた河野は笑顔でガッツポーズ

男子ゴルフツアー・マイナビABCチャンピオンシップ最終日 兵庫県加東市ABCゴルフ倶楽部=7217ヤード、パー72

(10月30日)
 米国帰りの河野晃一郎(30=エコー電子)がツアー初勝利を挙げた。最終18番でイーグルを奪って通算15アンダーでベ・サンムン(25=韓国)とのプレーオフに持ち込むと、6ホール目に3メートルのバーディーパットを沈め、1時間53分に及んだ熱戦を制した。5位からの逆転を狙った石川遼(20=パナソニック)は70で通算11アンダーの10位。賞金王争いでトップのベ・サンムンとの差が約6000万円差に広がり、崖っ縁に立たされた。

 笑う門に、福がやってきた。プレーオフ6ホール目。入れれば優勝となる3メートルのバーディーパットを沈めた河野が満面の笑みを浮かべた。ツアー未勝利の30歳が、賞金レースを独走するベ・サンムンを撃破した。

 「相手は賞金ランク1位。飛距離が上で、しかもプレーオフは18番のロング。まさか、僕が勝てるとは思っていなかった。信じられないです」

 最終日最終組、河野はどんな時もスマイルだった。2打差を追う18番で2メートルにつけるミラクルイーグル。プレーオフに持ち込んだ時が笑顔なら、最大のピンチの時でも変わらなかった。プレーオフ2ホール目、グリーン脇のラフからの第3打が球の下をくぐる“だるま落とし”のミス。それでも「“次はチッパーを使わないとな”と笑っていました」と万袋(まんぶくろ)裕紀キャディー(25)は振り返る。ジョーク後の第4打を寄せてパーでしのぎ、難局を乗り切った。

 笑顔の原点は、東洋大卒業後に渡った米国での4年間にある。言葉が通じない中で「人に溶け込むための環境をつくるのが大事」と悟ったのが今につながる。もともと海を渡ったのは、同世代に宮里優作、岩田寛ら実力者がそろっていたから。「日本でやっていてもアイツらに追いつけない」。小技を磨き、優勝賞金が20万円ほどのミニツアーで4勝を挙げた。そのうち3勝がプレーオフでのもの。米国での経験をフルに生かし、同世代のライバルより先に初勝利を挙げた。

 ベ・サンムンを止めて、賞金王争いの灯をかすかに守った。「(逆転の)可能性があるのは遼君だけだと思う。後押しできてうれしい」。河野はそう言って誇らしげに笑った。

 ◆河野 晃一郎(かわの・こういちろう)1981年(昭56)3月17日、東京都生まれの30歳。14歳でゴルフを始め、アマでの主な成績は日本学生9位。東洋大卒業後に米カリフォルニア州を拠点にしてミニツアーを転戦。同時に日本ツアーの予選会を受験したが不合格が続いた。09年の予選会で40位に入り、昨年は15試合に出場して賞金ランク67位で初シードを獲得。昨年のサンドセーブ率1位。1メートル75、62キロ。独身。

 ≪国内最長POは14ホール≫国内男子ツアーの最長プレーオフ記録は1976年ペプシウイルソンの14ホール(優勝者はP・トムソン)。記録の残る85年以降の最長は90年中四国オープンの9ホール(奥田靖己)。次いで93年JCBクラシック仙台(水巻善典)の6ホールで、今大会はそれに並んだ。

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