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セインツ初V!ニューオーリンズに活気戻った

ブリーズは長男を抱いて笑顔
ブリーズは長男を抱いて笑顔
Photo By AP

 第44回スーパーボウルは7日、フロリダ州マイアミのサン・ライフ・スタジアムで行われ、チーム創設43シーズン目でスーパーボウル初出場を果たしたNFC代表のセインツが、戦前の予想を覆してAFC代表のコルツを31―17で破り初制覇。大会新記録のパス成功率をマークしたQBドリュー・ブリーズ(31)がMVPに輝き、05年のハリケーン被害から復興途中にある地元ニューオーリンズ(ルイジアナ州)に、絶えて久しかった“朗報”を届けた。

 紙吹雪を浴びながら、ブリーズはブリタニー夫人と1歳になった長男ベイレンくんを抱きしめた。「長い道のりだったけれど、いつかこんな瞬間が来ると信じていた」。第44回大会のMVPは男泣き。こぼれ落ちる涙をこらえようとマイアミの夜空を何度も見上げたが、気がつけば愛妻がハンカチで濡れたほおをぬぐっていた。

 前半はペースをつかめなかったが、後半にレギュラーシーズンで歴代最高のパス成功率(70・6%)を残した実力を発揮。初の大舞台にもかかわらず、39回投げて大会タイ記録となる32回のパスを通し、大舞台でその数字を82・1%に引き上げた。16―17で迎えた第4QにはTEショッキーへ2ヤードのTDパス。その2分後にCBポーターがインターセプトから74ヤードを独走して決定的なTDを奪った。

 「5年前、誰がきょうの出来事を想像しただろう?多くの人が町を去り、チームの将来も見えなかった」。巨大ハリケーン・カトリーナに被災したセインツの地元ニューオーリンズが水没したのは05年8月。本拠地スーパードームは避難所となったが、屋根が壊れて滝のような雨水が流れ込んだ。ブリーズは翌06年にチャージャーズからFAとなったが、右肩の故障を懸念して各チームは敬遠。唯一「うちに来ないか」と声を掛けたのが、新たに指揮官となったペイトン監督だった。新天地での1年目はスーパードームが使えず各地を転々。昨夏には弁護士だった母ミナさんが薬物を服用して自殺するなど、公私ともに苦難の日々が続いた。だが、日々の生活にさえ苦しんでいた200万人ともいわれる被災者たちが、悩めるQBの背中を押した。

 「僕の後ろには全市民がついていたのかもしれない。ここまで来られたのもサポートしてくれた人々のおかげだ」。決壊した堤防は依然として応急措置のまま。郊外に行けば廃虚となった家並みが残っている。だがこの日は、かつての弱小チームがもたらした希望と奇跡に街は歓喜。観光名所でもあるフレンチ・クオーターには人があふれ、ライブハウスでブラスバンドが「聖者の行進」を演奏するなど、復興のエネルギーがふつふつとわき起こっていた。

 ◆ドリュー・ブリーズ 1979年1月15日、テキサス州ダラス出身の31歳。パデュー大から01年ドラフト2巡目でチャージャーズに指名されNFL入り。06年にセインツに移籍した。1メートル83、95キロ。08年シーズンの最優秀攻撃選手で、平均年俸は1000万ドル(約8億9000万円)。

 ▼ニューオーリンズ・セインツ NFLのチーム拡張で1967年に加盟。承認されたのが66年11月1日のオール・セインツ・デー(万聖節)だったことから愛称はセインツ(聖人)になった。78年まで12季連続で負け越したが、87年シーズンに「ドームパトロール」と呼ばれた強力ディフェンスでプレーオフ初出場。チームの応援フレーズは「Who dat」で「誰が(セインツを)倒すって言ってるんだ」の意。

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