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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】淡々狸が化かし合う宴

 セレブな街に狸(たぬき)たちが住みついているという。センベロライター、さくらいよしえが向かったのは東京都世田谷区上北沢。立ち飲み「狸穴(まみあな)」で出会ったのは名物店主と個性豊かなご常連の面々。夜な夜な繰り広げられる狸たちの宴。そのゆる~い雰囲気に「化かされてもいい」と思った夜…。

 狸のあるじは縁台でタバコをうまそうに吹かしていた。「狸穴 上北沢本店」。でも支店はない。5年前、立ち飲みのチェーン展開を思いつきヤマ師仲間と旗揚げしたが、長引く不景気に「やめたやめた、もうからねえ」と解散。当店だけ幻のごとく残った。立ち飲みだが椅子があるのは「5年で客も年取ったしな」。

 ジャジーな音楽が流れる狸穴には、骨董(こっとう)の刀の柄やら花器、機関車の看板がころがっていた。

 「客がいろいろ持ってくんだ。売るよ」。う…いらない。

 富山出身のあるじの半生はきてれつだ。高校時代は飲酒で停学、大学時代は学生運動にプチ参加、ある時はチャック会社勤め、ある時はブン屋、または山小屋マスター。料理はあじのなめろうやカレーが人気らしいが、「きょうはない」と堂々言う。

 すべては狸の胸三寸。

「ノビルはあるぞ」。あるべきものがなく、ないものがある。「客が山で採ってきたからタダだ」。芳醇(ほうじゅん)な苦い香りとシャキンとした山の幸に好感度が急上昇。

 5時を過ぎると近所から狸シンパが集う。「無欲な建築士に、通行人を客引きしておごっている会計士、野菜より焼き芋に入魂する八百屋の親父に医師。皆、ビンボーな超一流」

 穴の中は、立つ人黙る人しゃべる人、独り句を詠む人、まるで気ままな野風呂集会のごとしだ。一体感などない。ただ同じ湯に漬かっている奇妙な幸せ共有感。いい。

 狸のあるじは昨年やもめになった。年上女房だった。「犬がな、マー君っていうんだ。天井見上げて遠吠えすんだよ。(天国の嫁と)話してるみたいに。犬まで連れてくなってなア」。狸が思いがけずくよくよ笑うので、なんとなく皆シュンとした。

 次第に忙しくなると、客が勝手に厨房(ちゅうぼう)を手伝い始めた。して、「旦那、バイト代で50円引きね!」と己の酒も作る。狸と狸の化かし合いだな。 

 当方が好きな酒が2つあった。ブラックニッカの淡麗と「バイス」。バイスはシソなど買わぬ庶民のためのシソ風味炭酸だ。

 それに本物の大葉を狸が添えて出すのに驚いた。狸は大変な太っ腹か世間知らずのどちらかだろう。

 そんな野風呂の心地よさに溺れそうになりながら、狸に夢を聞いてみた。

 「あん、夢なんか持ったことねえ。その都度、周りが喜ぶことを好き勝手やってるだけだ」。誠に。「それよりな、(手伝い用)前掛け、たくさんありますぞ」。狸御殿奉公か、悪くないカモ。待てわし早まるな。 (さくらい よしえ)

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

[ 2016年4月8日 05:30 ]

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