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【全国ジャケ食いグルメ図鑑】「味お好み焼」の暖簾に赤い文字、普通の焼きそばで夢心地

[ 2017年11月24日 12:00 ]

高知県安芸市の「わらべ」。しばし見とれた味のある店構え
Photo By スポニチ

 人気ドラマ「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。なぜか突然、昔ながらのソース焼きそばを無性に食べたくなる時ありますよね。店構えから香ばしさ漂うお店を阪神タイガースのキャンプ地として知られる高知県・安芸市営球場の近くで見つけちゃいました。

 四国は高知県に「ごめん・なはり線」という線路がある。仕事で(と言ってもこれはボクの趣味でもあるのだが)この線路につたって長く歩いた。

 この長い散歩は、毎回地図も見ず、下調べもせず、ただ線路伝いに歩いていく。だから途中腹が減った時、ちょうどそこに食べ物屋があるとはいかない。そこがまたスリリングなのだ。

 この時も、お昼時にまだ腹が減らず、とりあえず先に進みたくて飲食店を横目に足を進めていった。さすがに腹が減ったなぁ、と思って時計を見たら午後3時すぎ。まずい。地方では、この時間の飲食店はほとんど中休み。2時までに食べないと夕方まで食えない。

 そこから歩いても歩いても飲食店はなかった。あっても閉まっていた。だからと言って線路からあまりに外れていくのは悔しい。

 その時、なぜかむしょうに焼きそばが食べたくなった。それも普通のソース焼きそば。中華料理店の五目焼きそばとかではなく、キャベツと豚肉しか入ってないような焼きそば。青海苔(のり)かけて。なんなら縁日の屋台の焼きそばでもいい。そう考えたら、たまらなくなった。生しらす丼の店があったが、あまりにも焼きそばと方向性が違って、入る気にならない。しかも、そこを過ぎたら行けども行けども店がない。ある気配もない。

 そしたら2キロくらい前に、お好み焼き屋があったような気がしてきた。暖簾(のれん)が出ていた。お好み焼き屋なら焼きそばもあるだろう。あるに違いない。

 戻りました。2キロ。30分ぐらい。そしてあったのが、この店だ。シブイ。シンプル。屋号すらない。

 暖簾が日に焼けている。だがどうだ。「味お好み焼」の横に短冊に囲まれ赤字でしっかり「焼そば」と書いてあるじゃないか!

 しかし、やっているだろうか。時計を見たら3時45分。もっとも休んでそうな時間帯。ガラス越しの店内が暗い。ダメか…。

 ところが引き戸の横に小さな板が下がっていて、消えかかった文字で「営業中」。よし!とガラリと引き戸を開ける。シーンとしている。店内には客も店員もいなかった。

 「すいません」と言うと「はーい」と女将さんらしい人が出てきた。やっていますか?と言うとハイと答える。やったやった!

 鉄板のついたテーブルにつく。「ビールと焼きそば、ください」と言うと、変な顔もせず「はーい」と言ってテレビをつけた。以前、広島のお好み焼き屋で昼時にビールと焼きそばだけ頼んだら、全員にジロリと見られた。全員お好み焼きを食べていた。ちょっと肩身が狭かった。この店ではそんなことはなかった。客、ボクだけだし。

 長く歩いてきたこともあって、コップに注いで飲む冷たい瓶ビールがうまい!メニューにはお好み焼きの種類が書かれていたが、見る気にもならない。でもメニューに店の名前が出ていた。「わらべ」という屋号らしい。古そうな名前だ。

 女将さんが焼きそばの具材を持ってきて「作りましょうか?」というので「お願いします」と言う。お好み焼きも焼きそばも、人に作ってもらう方が好きだ。好きというより、人に作ってもらった方が絶対おいしい。

 女将さんは鉄板を熱くして、油を薄くひいた。そこに豚バラをまいて、コテで焼いた。焼いていくのを見ていたら、豚バラに少しイカも交じっていた。この辺がお好み焼き屋っぽい。そこにキャベツと少量のかまぼこを加えた。かまぼこの周りがピンクなのが楽しい。具は以上。ニンジン、ニラ、もやし、無し。大いに結構。焼きそばはキャベツさえ入ってればオッケー。

 そこに麺が加わる。ほぐれたところで、ソースが2種類加えられた。ジュージュー音がする。ソースの焼ける匂いがたまらない。

 「粉はかけちゃっていい?」。いいです、もちろんいいです!鰹(かつお)節の粉がかかる。最後に青海苔がパパッと振られる。完成。思わず拍手したくなる。

 鉄板から箸で直接食べる。ウマイ!これこれ、これが食べたかった。食べたくてたまらないものが、食べたい姿で出てきて、ひとりで好きなように食べられる。これ以上の幸福があるだろうか。

 本当においしかった。ビールの残りを飲むのも忘れて一気に食べた。最高。至福。

 お金を払って店を出て、もう一度ジャケット、つまり店構えを見る。年季は入っているけど、とても奇麗に掃除されていて、格子戸の木がところどころ折れて無くなっているのも、味だ。昔のガラスが多く使われ、どことなくモダンでもある。すごくいいジャケットだ。しばし見とれた。

 ◇わらべ ブタ玉焼500円、ミックス焼600円。イカブタ玉モダン焼600円。高知県安芸市染井町9の9、土佐くろしお鉄道「ごめん・なはり線」の球場前駅から徒歩3分。(電)0887(34)0161。営業は午前11時〜午後6時。金曜定休。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀さんとのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローさんとの「孤独のグルメ」はドラマ化されて、新シリーズが始まるたびに話題になる。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

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