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【旅ヂカラ漫遊記】岐阜のおんな城主 戦国を生きた「絶世の美女」

QRコードの読み取りで再現される追手門のCG映像                               
Photo By スポニチ

 静岡県浜松を舞台にNHKの新大河「おんな城主直虎」がスタートしたが、“もう一人の女城主”が岐阜県恵那市にいた。浜松から車で約2時間の岩村町・岩村城のおつやの方。織田信長の叔母で、武田軍と戦ったという逸話の持ち主だ。建物こそ現存しないが、日本百名城、日本三大山城の一つに数えられる岩村城の女傑の足跡を追って、山あいの城下町を訪ねた。

 「絶世の美女だったようだね」。JR中央線恵那駅で明知鉄道に乗り換え30分。岩村駅で落ち合ったガイドの水野竜夫さんが開口一番、おつやの方について話してくれた。

 信長の政略で岩村城主に嫁いだおつやの方。1572年(元亀3)に城主が病死すると信長は五男を養子に送り込んだが、8歳と幼かったため実質的に実権を握り、信玄の家臣と戦い4カ月籠城。結局は城を守るため家臣と再婚。女城主として君臨したのは1年に満たなかったが、善政を敷いたことから今でも町民に慕われているという。

 確かに同駅から往時の面影を残す約1・3キロの本通りを歩くと、商店の軒先に揺れる紺のれんに店の女将の名前。恵那市唯一の酒蔵「岩村醸造」ではラベルの女性のイラストも美しい「女城主」という名の地酒も見つけた。85年(昭60)の岩村城築城800年祭をきっかけに生まれた地酒で、試飲すると香りが良く、すっきりとした飲み口。おつやの方のりりしさをしのばせるようで、店を出ると岩村城へ急いだ。

 同城は江戸期の城では最も高い場所(標高717メートル)にあり、鎌倉時代の1185年から明治初期の1871年まで続いた要害堅固な山城。別名「霧ケ城」とも呼ばれている。藩主邸跡に建つ岩村歴史資料館から頂上の本丸跡までは歩いて約20分。建物こそ現存していないが、総延長1・7キロにわたり累々と築かれた石垣は壮大。中でも本丸の北東に積まれた6段の石垣は圧巻だ。

 しかも15カ所に設置された看板のQRコードを端末で読み取れば300年前の絵図を基に再現したCG映像がナレーション付きで楽しめ、三重櫓(やぐら)に畳橋が架けられた追手門など、在りし日の城内を歩いているよう。坂道を上りきって本丸跡に立てば恵那山(同2191メートル)などの山々が一望でき、眼下には城下町が広がる。最後は信長の怒りを買い、夫とともに処刑されたというおつやの方だが、戦国の世に翻弄(ほんろう)される中で心が癒やされる景観だったに違いない。 

 明知鉄道では「じねんじょ列車」を楽しんだ。3月31日までの毎週火〜日曜日、恵那―明智駅間(50分)の往路で名物じねんじょメインの弁当が味わえる“グルメ列車”で、この日のメニューはお代わり自由のとろろにとろろ豆腐、じねんじょのたたきなど13品。料金4000円で復路乗り降り自由はお得だ。21日〜3月25日は土曜限定で「枡(ます)酒列車」を運行する。

 明智駅からは「日本大正村」を散策した。蚕糸を地場産業にしていた明知町に大正時代のたたずまいが残ることから88年(昭63)に開村されたもので、米蔵が続く大正路地や大正文化の資料を展示した日本大正村資料館、初代村長・高峰三枝子さん(現3代目竹下景子)の遺品などを展示した大正ロマン館など、村ぐるみ大正博物館といった感じ。明智光秀のものといわれる供養塔などもあり、歴女らにも楽しい。

 ▽行かれる方へ 岩村駅から岩村城跡まで徒歩約1時間。車は中央道恵那ICから国道257号利用で約20分。問い合わせは恵那市経済部観光交流課=(電)0573(26)2111。

 ▼恵那市では旅館やレストランなどで「女城主の里キャンペーン」を開催中。宿を取った「岩村山荘」では女性客に利き酒セットなどが選べる特典付きの宿泊プラン(1泊2食1万800円から)を実施。「寿司幸岩村やなぎ屋」では地元の野菜と市場直送の魚を使った三段重のランチ「女城主御膳」(税込み1050円)を提供するなど、さまざまな工夫を凝らしている。

[ 2017年1月11日 12:00 ]

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