PR:

希望のランドセル 3・11生まれ星山琉菜ちゃん春から小学生

自分で選んだお気に入りのランドセルを背負う星山琉菜ちゃんと母・真弓さん
Photo By スポニチ

 死者・行方不明者が1万8000人を超えた東日本大震災は11日、発生から6年を迎えた。12万人以上が避難生活を送るなど、今もなお多くの被災者が生活に不安を募らせたまま。一方で、甚大な被害が出たあの日、混乱した病院で生まれた子供は4月に小学1年生になる。東京電力福島第1原発事故の影響で、誕生した翌日から避難を余儀なくされた女の子は入学を心待ちにしている。

 福島県南相馬市の星山琉菜(るな)ちゃんは11日に6歳の誕生日を迎えた。自宅では自分で選んだピンク色の真新しいランドセルがピカピカに光っている。小学生になったら「いっぱい勉強したい!足し算を頑張る」と声を弾ませた。

 6年前の3月11日、母真弓さん(36)は東京電力福島第1原発から約4キロの福島県双葉町の病院の手術台にいた。帝王切開手術のため麻酔を受ける直前に激しい揺れが襲った。落下物からおなかを守るため、医師らが覆いかぶさってくれた。余震が続く中、約4時間後の午後6時49分、元気な産声が室内に響き渡った。

 翌朝、第1原発の状況悪化の一報を受け、夫晃一さん(39)と3人で行き先も分からずバスで避難。まだ授乳はままならずミルクも持ち出せなかったため、琉菜ちゃんはおなかをすかせて泣き続けた。たどりついた福島市の病院で、目に入ったのは原発事故の映像。かつて第1原発で働いていた夫婦は目を疑った。

 琉菜ちゃんの名前の由来はラテン語の「ルナ(月)」から。避難先の病院の窓から見上げた月を見て「暗くなった世の中を月明かりのように優しく照らす一筋の光に」との願いを込めた。

 母子は退院後、郡山市、いわき市と避難先を転々。仕事の都合で南相馬市から離れられなかった晃一さんと一緒に暮らせるようになったのは、2年半後だった。「この暗い状況が晴れるといいな」という思いから「晴(せい)」と名付けた長男は3歳になった。

 真弓さんの実家がある富岡町は4月から大部分の避難指示が解除される。だが、第1原発から5キロの実家は放射線量が高い帰還困難区域内。一度も子供たちを故郷に連れて行ったことはない。真弓さんの胸中は複雑だ。

 「除染が進んで子供が入ってもいい区域があるのであれば連れて行ってあげたいが、私が育ったところを見せてあげられない状況は続く」。もう少し大きくなったら、震災や原発事故の悲惨さをありのまま伝えるつもりだ。

 琉菜ちゃんは、生まれた日に「おうちが壊れるぐらい大きな地震があった」ことは幼稚園などで教わり、知っている。「琉菜ちゃんのことをみんなが守ってくれたんだよ」。いつも真弓さんが伝えている言葉には感謝の心を忘れず育ってほしいという思いがこもっている。

[ 2017年3月11日 05:30 ]

Webtools & Bookmarks

注目アイテム

ニュース

注目アイテム

スポニチwikiランキング

      【楽天】オススメアイテム
      クイックアクセス
      スペシャルコンテンツ