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【コラム】海外通信員

好調トリノを率いる鬼軍曹 シニシャ・ミハイロビッチ

[ 2016年10月21日 11:30 ]

トリノを率いるミハイロビッチ監督
Photo By AP

 「私ごとで申し訳ないのですが、本日は私の誕生日であります。簡単ながら茶菓を用意しておりますので、お時間がありましたら上にどうぞ」。2016年2月20日、ミラネッロ。ナポリvsミラン戦の前日記者会見が終わったのち、シニシャ・ミハイロビッチ監督は出席した記者に呼びかけた。この日は47回目の誕生日。イタリアには誕生日を迎えた人間が友人におもてなしをすると習慣があるので、それにならった格好だ。しかしながら、その日は運悪くシルビオ・ベルルスコーニ名誉会長がミランの会長に就任してから30年目の記念日。当然といえば当然なのだが、周囲はベルルスコーニお祝いムード一色になっており、金曜日はミラネッロ視察パフォーマンスを行って大いに目立っていた。それに比べると、なんだか随分ひっそりとした扱い。限られた戦力を使い、堅実な戦い方で順位も悪くないところにいたこの指揮官は、ベルルスコーニから度重なる批判と嫌がらせを受けていた。

 翌日のナポリ戦では、首位争いをしていた強敵からアウェーで貴重な勝ち点1を拾って来ても、労いの言葉はなし。それどころかベルルスコーニは内容に対する批判のトーンを上げ続け、シーズン終盤に調子を落としたことをいいことにミハイロビッチの首を切った。最終的にミランは、UEFAチャンピオンズリーグはおろか欧州リーグ出場権すら逃し、イタリア杯決勝でもユベントスに敗れる。こう言ってはなんだが、個人的にはざまあみろという気持ちが強かった。カターニア時代の森本貴幸には厳しかったが、チームとして重んじるべきことを選手たちに教えられる実直な指導者だった。派手好きなベルルスコーニとは、人間的に合わなかったということなのかもしれない。

 そのミハイロビッチだが、今シーズンから早速トリノの監督となった。ミランとの契約は残っていたのだが解除をしてもらい、古豪ではあるもののステータスとしてはミランより落ちるところに再就職先を選んだ。ところが、これが今のところ大成功になっている。8節を終えて、ナポリ、ラツィオと同勝ち点で4位。見事なスタートダッシュだが、目覚ましいのは得点力。総得点17ゴールは、ユベントスと並んでリーグ2位(1位は19ゴールのローマ)。攻撃サッカーを構築できない監督というレッテルを払拭するかのように、非常にアグレッシブで華麗なサッカーを展開しているのだ。

 トリノはここ2年間、イタリア人を中心とした若手によるチーム編成を行っており、イタリアA代表入りしたFWアンドレア・べロッティやMFマルコ・ベナッシなど、有望な選手が揃っている。ジャンピエロ・ベントゥーラ監督(現イタリア代表監督)のもと長年3バック続けられていたが、今季はそれを変えようという方針が取られ戦力も整備された。そんな変化を必要としたチーム事情にあって、若手を戦術面でも精神面でも指導できるミハイロビッチ監督はまさに適任だったのだ。ボールのないところでも、プレスやスペースの捻出へ勤勉に動けるよう指導し、それはたちまちのうちに浸透した。FWアデム・リャイッチやイアゴ・ファルケなど、ビッグクラブでスタメンを張ってもおかしくない外国人タレントも噛み合い、チームは強力に推進する。9月25日には、格上ローマに勝利。アウェーながら4ー1と圧倒的だったパレルモ戦の後には、「チームがよくまとまっている。もう少し守備も必要かなと考えていたが、このぐらい良い状態なら後ろのスペースを空けて攻めてもいいかと思った」とチーム状態への手応えを語った。

 若手選手を厳しく育て、実力を伸ばす鬼軍曹。そんな人間性がよく表れているエピソードがあった。ミハイロビッチは今季からキャプテンマークを22歳のベナッシに託すが、「プレッシャーが掛かって簡単ではないでしょうに」と地元記者が質問を振る。それに対して、彼はこう答えた。

 「毎朝4時か4時半に起きて、6時から仕事に行って一日中働き、それでも1カ月間の生計を立てるのに苦労しながら生活する。簡単ではない、というのはこういう類のことだ。だからむしろ喜びであり、満足して受け取り、そして誇りに思ってほしいと思っている。22歳で、トリノでプレーをし、そのチームのキャプテンにもなり、ゴールも挙げた。むしろ幸運だというべきではないのかな。そもそもこの仕事についている我々すべてが、幸運な立場なのだ」

 かつてはグランデ・トリノと呼ばれ、スクデット7度を獲得した名門。かつてのホームだったフィラデルフィアをトップチームの練習場や下部組織の試合会場として使えるよう再整備するなど、クラブは新時代へ動き出している。厳しくも人間味のあるミハイロビッチが、若い選手を鍛え将来への礎を作る。(神尾光男光臣=イタリア通信員)

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