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【コラム】海外通信員

天国の門 フランス代表18年W杯に向けて

[ 2016年7月15日 05:30 ]

優勝を逃し落胆した様子で銀メダルを受け取ったフランス代表FWグリエズマン(右手前)(AP)
Photo By AP

 地獄から這い上がってきたのに、あと数センチのところで、天国の門がゆっくり閉まった――。数千万人のフランス人が10日夜に描いたのは、こんなイメージだったと思う。

 血塗られた2015年11月13日の無差別テロ以来、フランスとフランス代表にはおぞましい事件(セックステープ事件、デシャン監督に対する人種差別主義者中傷、ありもしなかったドーピング制裁)と負傷事故が降りかかり続け、EURO開幕直前までの6カ月間で、主力の半分がいなくなっていた(ベンゼマ、ヴァルビュエナ、ヴァランヌ、サコ、ドビュッシー、ラサナ・ディアラ)。

 2年前のワールドカップ・ブラジル大会ドイツ戦のピッチ上にいた主力のうち、今大会ファイナルのピッチ上に残っていたのは、ロリス、エヴラ、マテュイディ、ポグバ、グリエーズマンの5人だけ。

 守備陣に至っては、バックアッパーまでがケガで消え(ズーマ、マテュー、トレムリナス)、ヒエラルキー5番目、6番目の選手で戦うしかなかった。本番前に連係を試す時間さえ残されていなかった。それでもディディエ・デシャン監督と23人の戦士たちは、懸命に戦って、戦って、這い上がり続けたのだった。

 それなのに、開いていた天国の門が、目の前で閉じられたのである。あまりにも非情で、あまりにも理不尽だった。マテュイディは泣き崩れ、ノエル・ルグラエット連盟会長に支えられて辛うじて歩き、大統領の顔も首相の顔も目に入らなかった。ベンチから必死にチームを励まし続けたジャレも泣き崩れ、第3GKコスティルに慰められた。ポグバはユニフォームで頭を包み、グリエーズマンは放心したまま立ちすくんでいた。スタジアムの外では、悲嘆に暮れたフランス人男性を、ポルトガルのユニフォームを纏った子どもが抱きしめて、必死に慰めていた。

 だが翌日、フランス人は「アレ・レ・ブルー」(がんばれレ・ブルー)のスローガンをもじって、「メルシ・レ・ブルー」(ありがとうレ・ブルー)と唱和した。直前合宿を開始した5月17日以来、フランス人は久しぶりに美しい夢を見、楽しみ、笑顔を取り戻し、踊り、食べ、飲み、議論し、天国まで垣間見、幸福になったからである。世論調査でも、「レ・ブルーはEUROに成功した」と答えたフランス人が、実に78%に上った。

 11日にエリゼ宮(大統領府)に全員を招いたオランド大統領も、本心からこう語った。

 「あなた方は、優勝カップは勝ち取れなかったけれど、(人々の)ハートを勝ち取った。それは測り知れないこと。全てにたいし、ありがとう」

 準決勝で世界王者ドイツを撃破した後のデシャン監督の言葉が、耳朶に蘇ってくる。

 「われわれは、フランス人が抱える問題の全てを解決する権力は持っていない。だがわれわれは、彼らの問題を忘れさせてやるという巨大な特権をもっている」

 選手たちの言葉も響いてくる。「僕らはフランス人に微笑みを捧げたいんだ」(サニャ)

 テロのテの字も語っていないが、監督と23人の戦士たちが常にフランス人の苦悩を意識し、幸福にしたいと思っていたのは明らかだった。そして約2カ月間、そのために戦い続け、世界王者まで撃破し、ファイナルに到達したのだ。それは奇跡に近かった。

 日本人にわかりやすいようにあえて喩えれば、大震災と福島原発事故の1年後に日本代表がワールドカップ・ファイナルに到達してくれたようなもの。選手たち自身がテロを直接体験していただけに、彼らの勇気と人間性を記憶したいと思う。

 急ごしらえのチームだっただけに、ピッチ上にはまだまだ課題が山積している。だがフランス人は、このチームとの再会を楽しみに夏の大バカンスに出発した。9月6日には早くも、2018年ワールドカップ・ロシア大会の欧州予選が始まるからだ。

 しかもフランスは、タレント力という点で頭ひとつ抜け出しているとさえ言える。なにしろ、今大会に出場できなかった主力以外にも、多くの逸材が選択に困るほどひしめいているからだ。フェキール、ラビオ、デンベレ、ラカゼット、ズーマ・・・。

 フットボールは冷酷なもので、タレント力だけでは勝てない。だが「このチームは美しい何かができる気がするんだ。僕らは死んでいない。もう一度頭をもたげていきたい」(シソコ)の言葉どおり、今回のチームは美しい団結心をみせてくれた。気づいてみれば、人種差別どころか、「ブラック・ブラン・ブール(黒・白・アラブ)」パワーでもあった。

 「ジェネラシオン・グリエーズマン」(グリエーズマン世代)と呼ばれるようになった今大会のチームは、2018年に向けた土台を築き、続投が決まっているデシャン監督とともに再び戦いに立ち上がる。今度は天国の門を“突き破る”ために――。(結城麻里=パリ通信員)

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