×

【コラム】海外通信員

ネイマールが真のブラジル代表のキャプテンになるために

[ 2015年6月27日 05:30 ]

小競り合いでブラジル代表ネイマールの背中を突き飛ばすコロンビア代表バッカ(AP)
Photo By AP

 2015年6月、チリで開催しているコッパ・アメリカのグループリーグでブラジルは、昨年のW杯ブラジル大会での因縁の相手、コロンビアと戦った。

 W杯ブラジル大会では、決勝トーナメントに突入し、両者の激しいライバル心から試合はエキサイトし、ネイマールへの執拗なファウル。最後にはスニガがネイマールに背後から膝蹴りを入れた。ネイマールは腰椎を痛め、半身不随になる可能性さえあったという大ケガをして、W杯の舞台から姿を消し、ブラジル国民に大きな衝撃を与えた。

 スニガは、とんでもないラフプレーをゲーム中の一つの出来事とし謝罪をしなかったが、ブラジル国民もネイマールもやさしかった。試合直後は、批判が湧き起こったが、ピッチの中でエモーショナルな状況で起きた出来事として、スニガに対する憎悪をぐっとこらえ、ネイマールへのシンパシーとセレソンへの応援に置き換えた。そして、昨年のALSバケツリレーでネイマールは、和解、親愛の情としてスニガを指名し、過去のことを水に流し前に進もうと器の大きさを見せたのだった。

 そんな両者が、再びコッパ・アメリカで対決することとなった。W杯の1-7の悪夢を払拭したいブラジルにとって、絶対に獲りたい南米タイトル。そして、ベネズエラにまさかの敗北を喫し、勝利が必須のがっけぷちコロンビアにとって、“もう怖くないブラジル”を相手に南米の雄のプライドをかけた大一番だった。当然、激戦となった。ペケルマン監督に統率されたコロンビアは戦術をしっかりし、厳しいマークでブラジルを自由にさせない。さらに、観客のほとんどはコロンビア人。完全アウェーの中、ファウルも取ってもらえず、なかなか思うように流れがつかめないネイマールは次第に個人技に走り空回りしていった。前半、ネイマールはハンドをとられてイエローをもらった。ネイマールのいらいらはつのっていく一方、コロンビアはムリロの決めた1点を守りきり、ブラジルから勝利をもぎ取った。ドゥンガが監督になって連続11試合無敗だったが、ついにピリオドとなった。

 試合終了後、敗北を受け入れられないネイマールは頭に血が上って、ボールを相手プレーヤーに蹴って直撃、コロンビア選手との混乱を引き起こしレッドカードをもらうことになった。さらには通路で審判へ暴言を吐いたことが南米サッカー連盟の規律委員会に悪い影響を与えた。

 ブラジルだけに不利な審判をされた、コロンビアの選手たちは自分にファウルを仕掛けるのにとってくれない。スニガに対しても、またしてもラフプレーをされて、いい加減にしろという気分になったのも無理はない。なにもかもがめちゃくちゃな気分だったのだろう。絶対に負けたくないという強い気持ちがそうさせたと言うが、そこを堪えるのが、キャプテンとしての役目でもあった。

 試合後、ドゥンガ監督もインタビューで審判への強い不信感を口にしていた。確かに審判は試合をコントロールし切れなかった。状況は理解できる。が、してはいけない一線をネイマールは越えてしまったのだ。

 ダニエウ・アウヴェスは「ここは南米。周囲は全部ブラジルの敵だ。コッパ・アメリカとはこういうものだ。なぜ主審が最初のイエローカードをネイマールに出したのかよくわからない。審判はネイマールばかりに厳しい目を向ける。審判は、自分たちが何でもできる主役だとでも思っているのか。とは言っても仕方ない。僕たちが、このやり方に慣れるしかない」と言う。
ウィリアンも「僕たちはとにかく頭を冷やして落ち着こう。審判もネイマールが相手選手からされていることをもう少し見てもいいと思う。実際、彼は常に叩かれ、蹴られている。今回もやられたのに、退場と言われたのは彼だ。クアドラードがFKのボールラインマークを消してもっと前にボールを置いたのにおとがめなし。ネイマールがしたら、即イエロー」と冷静な見方をしていた。

 いくらサッカー選手として数々のビッグタイトルを手にしているベテランでも、「このような問題を引き起こすような選手がキャプテンでいいのか?という論争が起きるのも当たり前だ。ドゥンガは新体制になった時、チアーゴ・シウヴァ、ダビド・ルイスらを差し置き、ネイマールをキャプテンに選んだ。

 スポーツ新聞「ランセ」は、ネイマールのナーバスぶりにキャプテンを任せられるかどうかというアンケートをとったところ、イエスが11%、ノーが89%という結果が出た。多くの人たちが、ネイマールのサッカー選手としての実績を認めつつも、人間としての経験がないことを懸念している。

 仲の良いロナウドも今回の件で、苦言を呈している。ロナウドが初めてW杯に出場したのは94年アメリカ大会で、17歳のロナウドは経験を積ませるために選ばれ、気楽な存在だった。98年W杯フランス大会では、世界的なストライカーになっていたが、セレソンにはドゥンガというキャプテンがいた。他にもベテランの選手たちがロナウドを支えた。2002年W杯日韓大会でブラジルが優勝し、ロナウドも活躍したが、チームにはリヴァウド、ロナウジーニョらすごい選手がたくさんいた。ロナウドがチームを率いながらも、守ってくれる選手たちがたくさんいた。

 ロマーリオも優勝した94年W杯アメリカ大会で、一度たりともキャプテンシーを求められなかったと同室で仲の良かったマウロ・シウヴァは言っていた。

 「94年のチームは一人一人がキャプテンシーを持っていた。ライーがコンディション不調でベンチに下がった時、誰がキャプテンマークをつけるかとなった時、誰でもなれるくらい人材がそろっていた。ドゥンガがキャプテンマークをつけたのはたまたまだった」

 ロマーリオはチームの得点源で主役ではあったが、責任を全て背負っていたわけではなかった。しかし、ネイマールの置かれた立場は違う。17歳の時、2010年W杯南アフリカ大会には期待されながらも、選ばれることはなかった。そして2014年自国開催のW杯が初めての大会で、22歳でいきなり、チームの大黒柱になった。今もブラジル代表の1枚看板になっている。W杯でもネイマールがいなくなったとたんにチームとしての形がなくなるほど依存している。

 今回、相手がコロンビアでなければ、状況は変わっていたかもしれない。ネイマールの感情を揺さぶったのはコロンビアの作戦の一つだっただろう。コロンビアが大会を勝ち抜くための駆け引きにはまり、チームを後にすることになった。名声を得れば得るほど世間の目は厳しくなる。生意気だ、驕っているなどと言われることはわかっていたのに。いくら「悪いのは相手、審判だと言っても、通用しない。しかし、ネイマールを抑えられる選手もいないし、ドゥンガほど統率力のある監督でも、ピッチの中まで声は届けられない。特に選手が感情的になっているときは…。

 ネイマール不在で臨んだベネズエラ戦、ブラジルは1-0で辛勝した。4試合の出場停止処分を受けたネイマールはブラジルに帰国し、チームを離れた。残された選手たちが、この後、どうチームを立て直すか。チリを離れるにあたってネイマールは、こんなメッセージをインスタグラムに載せた。

 「自分の存在が、他の選手と同じようにチームにとってとても大事なことはわかっている。自分はキャプテンとして、リーダーとして勝利のために尽くしてきて、逃げたことはない。今回、こんなことになって申し訳ない。でも、この経験は僕のキャリアにおいて、この先のいい教訓になる」

ネイマールが過ちから学び、経験を積んで真のキャプテンになるにはもう少し時間がかかるかもしれない。そして、セレソンも誇りを取り戻すには、時間がかかる。コッパ・アメリカの残りの試合でネイマールのいないセレソンが化学反応を起こすことを期待したい。(大野美夏=サンパウロ通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る