×

【コラム】海外通信員

アルゼンチン代表の贅沢な悩み

[ 2015年3月28日 05:30 ]

アルゼンチン代表FWリオネル・メッシ
Photo By ゲッティ=共同

 来たるエルサルバドルとエクアドルとの国際親善試合に向けて、アルゼンチン代表のヘラルド・「タタ」・マルティーノ監督が招集する選手のリストを発表したとき、あるスポーツ番組のキャスターがこう言った。

 「イカルディ、ディバラ、ビエト、ディサントといった選手が入る余地がないとは、我々がいかにセンターフォワードに恵まれているかということを改めて思い知らされますね」

 ここで名前が挙げられた選手たちはいずれも現在、欧州の主要リーグで得点ランキングの上位につけている。他の国だったら、イタリアやドイツ、スペインのクラブで次々と得点をマークしているストライカーを代表に呼ばないことなどまずないだろう。

 だが、優れたFWを次々と輩出するアルゼンチンにおいて、代表クラスにありながら母国のユニフォームを着ることのできないストライカーは何人もいる。前述の4人のように、海外で実際に得点力を示している選手たち以外に、欧州で開花する確かな可能性を秘めた選手も国内にはたくさんいる。実際、昨年ビジャレアルに移籍するまで、ビエトのことを知っていたサッカーファンは世界に何人いただろう。18歳でアルゼンチンの2部リーグに大旋風を巻き起こしたディバラだって、パレルモに行くまでは全く無名だった。彼らに決して劣らないレベルの選手たちが、アルゼンチンには大勢いるのである。

 マルティーノ監督は、イカルディ、ディバラ、ビエト、ディサントの4人について、「常にコンディションをチェックし、いつでも招集できるようにしている」と語りながらも、「現時点ではイグアイン、テベス、アグエロがひとつのポジションを争っている。彼らは他の選手たちよりワンランク上にある」とし、アルゼンチン代表におけるセンターフォワードのレギュラー争いがいかにハイレベルなものであるかを明確にしてみせた。テベスほどのストライカーでさえレギュラーが確約されていないチーム、それがアルゼンチン代表なのだ。

 レギュラー格のFWを控えに回さなければならない問題は、今になって始まったことではない。アルゼンチンが優勝候補と謳われた02年ワールドカップ前、その時監督を務めていたマルセロ・ビエルサは、会見の度に「なぜバティストゥータとクレスポを一緒に起用しないのか」という質問をされていた。当時クレスポはラツィオでゴールを量産していたが、ビエルサはニューウェルスの下部組織時代の教え子だったバティストゥータにレギュラーの座を任せ、「9番(センターフォワード)はひとり」というポリシーのもと、2人を同時に使うことはなかった。

 また、06年大会でも、準々決勝でPK戦の末ドイツに敗れたとき、ベンチでふてくされるメッシの姿があった。この試合でメッシは一度も出番がなく、最初から最後まで座ったまま試合を傍観していたが、それは当時の監督だったホセ・ペケルマンが、メッシとテベスを同時に起用することについて「有効ではない」と判断していたからだった。

 マルティーノ監督は、有り余るほどのFW陣の中から誰を選考するか頭を悩まさなければならない状況について「喜んで向き合いたい問題」であると語った。特にセンターフォワードの飽和状態については「ラッキーなこと」としている。

 FWが控えの控えまで準備可能な状況にある一方、相変わらず人材不足と言われるのがGKとDFだ。そこで今回の親善試合に向けて、昨年のワールドカップのメンバーにパストーレが新たに加わるだけの攻撃陣とは異なり、守備陣においてはかなり大胆な人選を行なっている。GKにはお馴染みロメロの他、マルティーノ監督がニューウェルス時代から絶大な信頼を寄せるグスマンと、22歳の若手ルリを招集。DF陣ではリーガ・エスパニョーラで良いパフォーマンスを見せているオタメンディ、オルバン、ムサッキオの他、国内組からはフネス・モリを抜擢。リーベルプレート所属のフネス・モリは最近ミスが多いことが指摘されているが、それでもマルティーノ監督は「彼の実力を疑ったことはない」として、今回テストする方針でいる。

 アルゼンチンでは、サッカーチームの入団テストを受けに来る実に7割の少年がFWといわれている。中にはパストーレのように、FWだと競争率が高く、プレーさえさせてもらえない可能性があることから、テストの際にMFだと名乗り、以来ずっと中盤でプレーするようになったというケースもある。誰もがゴールを決めたがるため、攻撃的MFやFWが豊富だが、GKとDFにおいては代表クラスの人材が常に不足している。これは深刻な問題なのだが、テベスやアグエロをベンチに座らせ、イカルディやディバラは招集の余地さえないことは、他の国から見れば「贅沢な悩み」でしかない。

 マルティーノ監督率いる新生代表の最初の真剣勝負となるコパ・アメリカは6月11日にチリで開幕する。昨年のワールドカップから1年、新しい監督を迎えたアルゼンチンはどの程度の変貌を遂げるのか。今回の親善試合から、監督の構想がより明確なものとなるだろう。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る