【コラム】海外通信員
みなが泣いた5日間 新しい力を作り出すフットボール
それは何気ない懇親会から始まった。
11月4日、フランス南西部の地方紙「シュド・ウェスト」が、読者を招いてボルドー監督ウィリー・サニョルとの討論会を開催、種々の話題で盛り上がった。ところが話題がアフリカネーションズカップ(CAN)に及んだとき、サニョルはさらりとこう言ってしまった。
「確かなのは、私がクラブ監督の座にある限り、ジロンダン(ボルドー)に合流するアフリカンはぐんと少なくなるということだ。2年に1回ごと、12人もの選手が2カ月もいなくなる状態に直面するなんて、嫌だからね」
ここで「?」と首を傾げた人も多かっただろう。確かにボルドーは今季6人のアフリカルーツ選手がCANに出かける予定で、その間の苦労は容易に理解できる。だがそれはボルドーに限った話ではない。しかも“採用制限”ともとれる言い方は、すでにやや過激だった。にもかかわらずサニョルは、やはりさらりとこう続けてしまった。
「典型的アフリカンの長所は、採用するときに値段が高くないことで、一般的には闘争準備万端だし、ピッチ上でもパワフルだ。だがフット(フットボール)はそれだけじゃない。フットとはテクニックであり、インテリジェンスであり、ディシプリンでもある。全てが必要なのだ。北方人も必要だ。北方人はいい。いいメンタリティーをもっているしね(笑)。混合なのだ。フットのチームは、人生と同じ、フランスと同じで、混合なのだ。ディフェンダーがいて、アタッカーがいて、ミッドフィルダーがいて、スピードのある者がいて、でかいのがいて、小さいのがいて、テクニカルなのがいて」
ここで「?」が「!」になってしまった人は、かなりいたに違いない。“デジャ・ヴュ”(過去に同じものを見た感覚)だったからである。2011年にフランス中を騒がせたクオータ事件が、脳裏に強烈に蘇ったのだ。
覚えている方も多いと思うが、フランスフットボール連盟の育成問題会議で、DTNと呼ばれる技術部最高責任者とその部下が、内密にクオータ制を導入して、二重国籍少年の採用を制限しようと提案。出席していた当時の代表監督ローラン・ブランも、「賛成だ。自分はイレブン全員がブラックでも構わないが、フランスはでかいフラックをとりすぎた。スペインにはこういう問題がない」などと発言、大問題に発展してしまった事件である。これでブランは辞任を覚悟。だがジネディーヌ・ジダンと親友アントワーヌ・コンブアレ(当時PSG監督)が救出に乗り出し、国民もブランが人種差別者ではないと知っていたため一件落着した、…かに見えたのだった。
「それなのにまた!」であった。
案の定、サニョル発言の直後から、ソーシャルネットはパンク状態に。人種差別反対の市民団体も動き出し、のっぴきならぬ雲行きになってしまった。
折しもレバノンでスポーツと差別に関する教育会議に出席していたリリアン・テュラムは、「クオータ事件と同じ論理だ」と嘆息。「ウィリーはクラブでもフランス代表でもアフリカルーツの選手たちと一緒にプレーし、アフリカンでも何人かはインテリジェントだし、何人かはディシプリンももっているし、何人かはテクニカルだということを確認できたはず。彼の口からこんな言葉を聞いて、私は驚き、悲しんでいる」と強調した。
マンチェスター・シティで育成にかかわっているパトリック・ヴィエラも、「断固抗議する」と強く表明。「ウィリーは、アフリカルーツのフットボーラーについて、極めて重大な先入観と紋切型イメージを伝播している」と糾弾した。
私も正直、同感だった。テュラムやヴィエラだけでなく、たとえばジダンばりのルーレットを難なくこなすポール・ポグバは、テクニカルじゃないとでもいうのだろうか?
何よりも、サニョルの言葉を聞いたアフリカルーツの子どもたちが、どんなに傷つき、心の中で泣いたことだろう。サニョルはまさに連盟技術部門幹部として育成に携わり、この夏ボルドー監督になってからも実力を発揮してきただけに、なおさら衝撃で残念だった。
ただ、よく読むと、“融合”を説いているのも確か。とはいえ、“典型的アフリカンにはインテリジェンスやディシプリンやテクニックがない”、ととれるのもまた事実である。このため誰も彼もが“サニョル舌禍”に飛びついて、大混乱になった。
ボルドーのフロントは一丸となって「単なる不器用発言」と監督を支持。昔のマルセイユ会長ベルナール・タピは、「現代の選手たちはみな育成を受けており、彼のテクニック分析は時代遅れ。だが人種差別裁定というよりは、評価ミスだ」と冷静かつ同情的だった。だがやはりマルセイユ元会長だったパップ・ディウフは、アフリカ出身全選手にリーグアン次節試合でストを決行するよう呼びかけ、過熱気味に。
こうしたなかサニョルは6日、ついに釈明記者会見に追い込まれ、「もし不明確さや不完全な意味論から、私が人々にショックや傷ついた気持ちや屈辱感を与えたとしたら、申し訳なかった」と謝罪。パトリック・エムボマがブログで同様の分析をしていると引用しながら、「自分が語ったのはあくまで純粋スポーツ的な事象で、社会的意味も政治的意味もなく、インテリジェンスも戦術インテリジェンスのことだ」と釈明した。(アフリカン自身の自己分析と非アフリカンの他己分析は、同列ではない気もするけれど)ところが今度はこの痛ましい謝罪に極右が飛びついた。
ある極右ジャーナリストは、「なぜ謝罪しなければならないんだ!まるでスターリン下の共産主義国家だ!恐怖政治だ!」と意味不明の絶叫で喚きたて、わけがわからなくなってしまったのである。
さすがのサニョルも今回の事件はこたえたらしく、とくに人種差別ととられたことに打撃を受けたようだ。しかも自分が引き起こした舌禍を背負って、自分が率いるアフリカンとともにリーグアンの試合に臨まねばならない。しかも…、相手はコンブアレ率いるRCランス。コンブアレもサニョルの言葉に「ショックを受けた」と語った一人なのである。このため11月8日のリーグアン第13節は、大注目を集めることとなった。
サニョルは目を伏せ、直前ウォーミングアップもサブコーチに任せて、そっとベンチ入り。報道陣にも丁寧に事件関連の質問を断った。サニョルの名がスピーカーから流れると、ランスの一部観衆から非難の口笛が飛ぶ。地獄である。もっともサニョルと話し合ったコンブアレはすでに許していたようで、「いまはサニョルが不幸かもしれず、苦しんでいるはずだから」と爽やかに握手した。だが選手たちは?当のアフリカンは?試合はボルドーが先制、だがランスも必死に食い下がる。
そのとき(41分)である。アフリカンのFWシェイク・ディアバテが2ゴール目をこじ開けた。するとディアバテはそのままベンチに突っ走り、サニョルに抱きついて、腕の中に飛び込んだのである。思いがけないアフリカンの行動に胸を揺さぶられたサニョルは、その直後、ベンチで泣きに泣いた。サニョルが初めて見せた涙だった。
「コーチ(監督)は傷つけた人々に謝罪した。たぶん彼は不器用なことを言ったけど、僕らはみんな意図がわかっていたし、ヨーロッパ人だろうとアフリカ人だろうと南米人だろうとアジア人だろうと彼がグループを尊重していることを知っている。だからグループも監督を200%支持しているんだ」(MFグレゴリー・セルティック)
2-1でボルドーが勝利したこの試合後、コンブアレはサニョルを祝福し、サニョルはピッチを横断して選手一人一人のもとへ歩み寄って労った。人々も大きく安堵した。暗く重かった空気が軽くなったのである。
それから約1週間後の11月16日――。テレビ局カナル・プリュスが、「フットボールと移民の100年史」という長大ドキュメンタリーを放送した。監督はエリック・カントナ。力作だった。レイモン・コパ、ミシェル・プラティニ、ルイス・フェルナンデス、ジャメル・ドゥブーズ(俳優)、カントナ自身、ジャン・ティガナ、ジダンの父、ジダン本人らが、次々と知られざる逸話を語ってゆく。みな他地域出身者である。
ジダンは父の苦労を語ると、ウィンクにみせかけて笑いながら、はらはらと涙を流した。プラティニはと言えば、ユベントス時代にイタリア国籍取得を勧められて、「急に、俺はフランス人だ!と思った」と笑った。そしてある哲学者はこう語った。
「1998年ワールドカップ優勝は、出身の問題でもなく、国の問題でもなく、エスプリ(精神)の問題だった。エスプリがひとつになったのだ。だから美しかった」
フットボールには全ての人間の歴史が詰まっている。昔の奴隷労働、植民地化、戦争、迫害、差別などの負の歴史も、だ。それはいまの世代がしたわけではないかもしれない。サニョルも人種差別など、したこともなかっただろう。だが歴史を忘れれば、フットボールも壊れるのである。逆に、歴史を忘れなければ、フットボールは新しい力をつくり出す。
みなが泣いた5日間――。それは、みなが深く考えた5日間でもあった。(結城麻里=パリ通信員)
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