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【コラム】海外通信員

歴史を塗り替えたロマーリオ ~史上初ファヴェーラから上院議員が誕生した~

[ 2014年10月17日 05:30 ]

 2014年のブラジルは国民挙げてお祭り騒ぎをする2大イベントが重なった。W杯と選挙だ。まずW杯は64年ぶりの自国開催ということで、前年のコンフェデ杯から注目度は高かった。スタジアム建設やインフラ整備など問題が山積みだったこともあり開催が心配されたが、予想通りなんとか開催という運びとなり、ブラジル代表が1-7でドイツに大敗するという落ちがついたが無事終了した。

 そして、もう一つのビッグイベントが9月の選挙だった。4年に一度の大統領始め、上院、下院議員、州知事、州議会議員の選挙ということで国中話題が盛り上がった(決選投票が9月26日に行われた)。W杯と同等、いやそれ以上に選挙は全国民の関心事だ。というのも、ブラジルでは選挙は権利でなく義務である義務投票制で、有権者に対して法律上投票を義務付けている。日本のように任意で投票をしてもしなくてもいいわけではない。自分の1票を棄権することはできないため、国民は必ず投票、白紙投票に関わらず投票所に行くか、事前投票をするか、旅行などの不在証明をしなければいけない。18歳以上(任意で16歳)は選挙権登録証を必ず取得して選挙に参加しなければ、パスポートや運転免許証取得などができないことになっている。というわけで、選挙は全国民が同じ活動をする共通の大イベントなのだ。

 今年の選挙で、大快挙が起こった!ブラジルサッカー界きっての悪童と呼ばれたロマーリオが、定員わずか各州3人という超狭き門の上院議員に当選したのだ。ブラジルには国会議員が594人いる。内訳は上院議員81人、下院議員513人。明らかに上院議員の定員は少ない。下院議員になんとか潜り込めたとしても、上院議員になるのは至難の技なのだ。今回、ロマーリオはリオ州の上院議員に当選した。

 ロマーリオと言えば、フラメンゴ、PSV、バルセロナなどで活躍し、何よりも94年W杯米国大会でブラジルを24年ぶりに優勝させた最大の功労者。予測不能なプレーをする天才プレーヤーとして名を馳せたばかりか、規律にとらわれない自由人としても有名だった。練習をさぼるのは当たり前、集合時間に現れない、合宿所に戻ってこない。ロマーリオ=規律破りとトレードマークになるほどのいい加減さを持つ一方、権力を恐れず歯に衣着せぬ意見を堂々と言う庶民の味方でもあり、練習をさぼろうがピッチ内でゴールを決め続ける姿にロマーリオを否定することなど誰にもできやしなかった。

 そんなロマーリオが法律を作る側に回ったのが4年前だった。政治家としての初当選は、小さなことからこつこつとではなく、いきなり国会議員(下院議員)からだった。彼ほどの知名度を持ってすれば、選挙活動も楽だったのかもしれない。汚職をしたり、給料や手当だけもらって何もしない人がなるくらいなら、ロマーリオの方がましじゃないかと投票した人もいただろう。さらに、ロマーリオがいったいどんな政治家になるか、好奇心で見ていた人の方が多かっただろう。ファーストラッキーは著名人のお得意のパターンだが、何もしなければ再選でお払い箱になってもおかしくない。

 そもそも、ロマーリオが政治家を目指したのは9年前生まれた娘がダウン症だった事から始まった。貧しいファヴェーラ出身の彼は、常に弱者の目線を持っていた。権力を恐れない強いパーソナリティで汚職疑惑の多いCBF(ブラジルサッカー連盟)に対して、真っ向から戦いを挑めるのは彼しかいなかった。政治家になってからも精力的に市民の中に入って声を聞き、国会で意見を主張してきた。政治の世界は奥が深く、単独プレーも無理だし、一筋縄にはいかない。が、ロマーリオは突き進んだ。教育、障碍者、スポーツ、国会の透明化、女性の地位向上、職業訓練、W杯&五輪の予算の監視、公的予算の見直し、国民の政治への参加などを口だけでなく政治活動した。ブラジルは政治家汚職が根強い国だが、ロマーリオの言動には自分だけが得をしようとか、少しでも私腹をこやそうという魂胆はないことが国民にしっかりと伝わった。

 多くの好奇の目と不審の目をはねのけたばかりか、階層に関係なく人々の心を捉えた。ブラジルは超格差社会で選挙にも階層ごとの傾向がはっきり見られる。上院議員は、そもそも誰でも立候補できるものでなくインテリでノーブル、一部のベテラン政治家しかなれない。そんな上院議員にロマーリオはリオ州史上最高の460万票(63%の支持率、2位は20%と大差をつけた)を集め、48歳で当選した事は大きな驚きでもあり、納得できることでもあった。

 当選が決まった時ロマーリオは「生まれて間もなく靴箱に入れられて産院からうちに連れ帰った赤ん坊が、まさか国の最も重要な役職の一つにまで上り詰めるなど、両親は想像もしなかっただろう。僕を信じて投票してくれた人々に感謝の気持ちしかない」前評判は不利と言われていたが、「試合終了のホイッスルがなるまで勝敗は決まらない」と諦めなかった。

 今回の選挙で彼はメディアを通して人々に声を届けたのではなく、自分の足で各地を回った。リオ州内の全92市町村の路上、市場、コミュニティとあらゆる場所で人々と直接ふれあい互いの温かみを感じながら会話をした。彼ほどの人なら、いくらでもメディア先導ができただろうが、しなかった。

 民衆がロマーリオを選んだ。前リオ選出上院議員で、今選挙でのライバル立候補者だったセザール・マイアは「ロマーリオの当選はリオ州の民衆が臨んだ正当な結果だった」とライバルの当選を讃えたほどだ。

 ファヴェーラから上院議員が誕生した。階層社会の中でファヴェーラ出身の元サッカー選手が、国会の最高峰、上院議員にまで上り詰めるなどあり得ない事が起きた。ロマーリオは歴史を塗り替えた。これからもロマーリオは国会で目を光らせ、彼ならではの独創的なゴールを決めてくれることを国民は期待している。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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