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【コラム】海外通信員

謎のモナコ ハメス・ロドリゲスら放出も目立った補強なし

[ 2014年8月30日 05:30 ]

レアル・マドリードへの移籍も噂されるモナコのFWファルカオ
Photo By AP

 10年ほど前、私はASモナコの大ファンだった。

 “スピーディーゴンザレス”のニックネームをもつ小さな天使リュドヴィック・ジュリが駆け巡り、“神の手”ならぬ“神の爪先”でゴールするかと思えば、ジェローム・ロテンの精密クロスにモリエンテスがピシャリと合わせてヘッドで突き刺す。若々しく煌びやかなチームは、強豪を次々なぎ倒し、ジダン擁するレアル・マドリードさえ踏み潰して、あれよあれよという間にチャンピオンズリーグのファイナルに勝ち上がり、最後にモウリーニョ率いるFCポルトに敗れたのだった。

 そのモナコを率いていたのは、デビューしたての若き監督ディディエ・デシャン。当時の私は、デシャンのピリリとした雰囲気に気後れがして、近寄れなかったものだった。ところがいまや、そのデシャンがフランス代表指揮官。ほぼ完璧なチーム管理でフランス中を納得させたばかりか、先日はユーモラスに「アイス・バケツ・チャレンジ」にまで登場してしまった。

 庭先の椅子に座ったデシャンがバケツいっぱいの氷水を頭から浴びせられ、「マルセル・ドゥサイー、ナギール、ヴァンサン・ラブリュヌを指名する」とにんまり宣言して、爆笑を誘ったのだ。ナギールはお笑いタレント、ラブリュヌはマルセイユ(OM)会長である。10年の歳月を楽しく想起させてくれたデシャンだった。

 それにひきかえASモナコの方は、このところどうも楽しめない。

 というより、謎だらけなのである。

 モナコを2部から再びトップリーグに引っ張り上げ、しかも直ちに“史上初の勝ち点80”でPSGに次ぐ2位を実現したクラウディオ・ラニエリ監督は、どういうわけか解任に。「そこまでしていったいどんな大監督を招聘するのか」と思っていたら、到来したのは、ハイレベル経験もなくフランスでは無名のレオナルド・ジャルディム監督。これだけでも大きな謎だった。

 さて、プレシーズンが始まると、今度は“ジャルディム流トレーニング”が話題になった。フィジカルトレーニング抜きの、完全にボールだけのトレーニングである。ジャルディム監督いわく、「ピアニストはピアノの周りを走ったりはしない」。

 ラニエリのイタリア式フィジカルトレーニングにやや飽きていた選手たちの一部は、「バラエティーに富んでいて楽しい」(ヴァレール・ジェルマン)とむしろ歓迎ムードだったが、問題はシーズン開幕時に噴出してしまう。

 開幕戦の舞台はホーム「スタッド・ルイII」。相手はロリアン。ロリアンも新監督に率いられていた。ところがここでジャルディムは、理解不能のフォーメーションを見せるのである。

 まず驚愕だったのは、“中盤の主”トゥラランをベンチに置き去りにして、獲得したばかりの新星バカヨコを据えたこと。システムも4-3-3から4-2-3-1に変更し、バカヨコ&コンドグビアという経験の浅い2ボランチにしてしまった。これでバカヨコが成功したのなら文句も出ないのだが、バカヨコはズタズタにされて32分でベンチに。“制裁采配”が見え見えだったため、バカヨコは完全に自信喪失状態になってしまった。

 右SBも奇妙だった。本来ならファビーニョを先発させるところだが、突然ディラールに預け、こちらも裏を取られまくってほうほうの体に。カルバリョ&アブドゥヌールのCBコンビも最悪で、結局開幕戦は1-2で落としてしまった。今季は7人の監督が初めてリーグアンに登場したのだが、開幕戦を“黒星で飾った”のはモナコのジャルディムだけだった。

 謎はまだ続く。第2節前になっても、ジャルディムのトレーニングは“本来ポジション無視”のゲーム。つまり誰も本職のポジションにつけず、先発かベンチスタートかも不明のままおこなう“楽しいミニゲーム”だ。試合前日なのに、である。

 当日のフォーメーションは、一転して4-4-2。トゥラランは復活させたが、今度はコンドグビアが動揺してガタガタになってしまった。アブドゥヌールも完全自信喪失。結果モナコは、新監督ウィリー・サニョル率いるボルドーに4-1で木端微塵にされてしまった。

 この第2節終了時点で、モナコは何と勝ち点0の20位――。つまり“ビリ”である。

 やっと第3節でナントを相手に初勝利し、順位は17位まで持ち直したが、ジャルディム監督の手腕にたいする疑念の声は消えていない。モナコのフロントは、「ジャルディムは必ずモナコを成功に導く」と断言しているが、これで本当にチャンピオンズリーグを戦えるのか、正直、誰も予想できなくなっている。

 謎はまだまだ終わらない。そもそもメルカートが大謎のままなのである。

 ここ3年で2億ユーロもの莫大なカネを注ぎ込んだロシア人富豪会長は、ここへきて突然、支出をストップしてしまったのだ。ハメス・ロドリゲス、エマニュエル・リヴィエール、エリック・アビダルら大物5人を売った一方で、購入したのは前述のバカヨコら小粒の若手3人のみ。メルカートはあと数日で閉幕してしまう。

 このままだと、ジャルディムの前がかりなハイプレス路線の裏を突かれて、のろいCBコンビは崩壊しかねないのだが、それを補強するつもりもないのか、悠然としている。奇奇怪怪である。

 このためロシア人富豪会長をめぐっても、噂が絶えない。

 癌の手術を受けて健康が危うくクラブどころではない、という説。離婚で30億ユーロもの慰謝料をとられて余裕がなくなった、という説。モナコ公国との関係が冷えてやる気がなくなった、という説。フランスクラブの意地悪を恨んでわざと投げやりになっている、という説。本当にこれでリーグアンもCLもやれると思っている、という説・・・。

 文字通り、謎のオンパレードである。

 レオナルド・ジャルディムは、かのクリスチアーノ・ロナウドが生まれた島の出身で、大学経由で監督を目指したインテリ派。要するにかのモウリーニョと同じ、“スペシャルなポルトガル人監督”なのだという。ジャルディム率いるモナコは本当に成功するだろうか。

 そのモウリーニョもつい先日、ドログバに指名されて「アイス・バケツ・チャレンジ」をこなした。せめて、ジャルディムが「アイス・バケツ・チャレンジ」で笑わせるだけの知名度と余裕を持てるかどうか、を楽しみにするこのごろである。(結城麻里=パリ通信員)

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