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【コラム】海外通信員

イタリアサッカー協会新会長は“政治屋”

[ 2014年8月15日 05:30 ]

イタリアサッカー協会新会長に就任したタバッキオ氏(左)と敗れたアルベルティーニ氏
Photo By AP

 日本でアギーレ新代表監督の就任会見が行われた11日、イタリアのサッカー界では一つの転機を迎えた。イタリアサッカー協会(FIGC)は、W杯ブラジル大会の1次リーグ敗退決定後に辞任したジャンカルロ・アベーテ会長の後任として、カルロ・タバッキオ氏が評議員会選挙で新会長に選出された。63.63%の得票率を得て、対立候補だったデメトリオ・アルベルティーニ副会長を破っての当選。「これでイタリアサッカーは改革へと進む」。彼を支持したラツィオのロティート会長は語る。しかしここまでの歩みは、改革に向けての議論はどこへやら。「議論を活発にしてもらうために退く」と言ったアベーテ前会長の意思とは全くほど遠く、失言とパワーゲームの応酬となっていた。

 会長職が空位となった7月、FIGCで強化部門を統括していたアルベルティーニ副会長が立候補したが、そこに対立候補として現れたのがタベッキオだった。現在71歳、長年LND(国内アマチュアリーグ、セリエD以下を統括)の会長を長年務め、2009年からFIGC副会長。地方自治体レベルではあるが政治家も務めており、1976年からパルコ・ランブロ市の市長を4期16年に渡って歴任している。実務では行政を残しており、1999年から就任したLNDの会長として多くの改革を実行。登録費の10%をカット、セリエDには冠スポンサーも呼び込み、経営問題に直面するセリエA~C2までのプロリーグとは対称的に収入を増やしていた。「数々の企業に7億ユーロの総収入をもたらし、登録選手は130万人。そして2000以上のグラウンドを建設した。これが現実だ」と彼は胸を張っていた。

 もっともこの人は良くも悪くも“政治屋”であり、1998年までに5つの有罪判決を受けてきた人物。LND会長のときも、力を入れた人工芝グラウンドの建設は「規格の遵守が必要」などの理由で一企業の独占状態となっており、批判が強かった。もっとも対立候補のアルベルティーニには副会長としてW杯で失敗し、イタリア代表を強化するという点で改革はいたらなかった弱みがある。実務のほうならタベッキオか、と世論が傾きかけた矢先、なんと彼はとんでもない発言をしてしまう。7月25日、アマリーグの役員会でのことだった。

 「外から(外国人を)迎えるというのは一つの収入になる。しかし、外から呼び寄せるのが選手であれば話は別だ。イングランドは外国人選手を呼ぶ際、プレーする資格があるのか労働基準に合わせて精査される。ところがイタリアはどうだ。バナナを食べていたオプティ・ポバを連れて来て、彼がラツィオでプレーしている。そしてそれでいいというのだから」

 「人種差別だ!」大騒ぎになった。今年5月、ダニエウ・アウベスへのバナナ投げ込み事件が示している通り、バナナは有色人種系の選手に対する差別の象徴として扱われている。オプティ・ポバというのは造語であるが、蔑視的なニュアンスが込められていることは明白である。批判は拡がった。メディアはいざ知らず、アルベルティーニを支持していたイタリア監督協会のウリビエーリ会長は「以前にもタベッキオ氏は、女子サッカーの強化プロジェクトに『脱いでプレーを』なんて名前を付けようとしていたのだ」と暴露。そして国際サッカー連盟(FIFA)、欧州サッカー連盟(UEFA)それぞれの人種差別調査チームからFIGCに対し「タベッキオ氏の発言を調査するように」という通達が出されたのである。

 見事なオウンゴールと言うべきか、会長候補とあろう人物がこれほどのことをやらかせばイメージの悪化は避けられないところ。それでもこのタバッキオは立候補を取り下げることはせず、むしろ前進を表明。「確かに私は間違えたが、数々のリーグからの支持を受けている。今回のことで問題の関心の高さが示されたが、むしろ私はこの関心の高さから出発したいのです」。こういう無理をすれば、当然政治家も交えて四方八方から余計に反発が来る。しかしそれでもタベッキオは引かず、「ケネディ大統領暗殺犯でもここまで非難されることはなかっただろう」などと居直った。それだけの自信が持てるバックボーンは、圧倒的な支持層を抱えていること。278人の評議員のうち、一番人数の多いLNDは全面支持を表明。レーガプロ、セリエBも結託し、サッカー界に影響の強いセリエAでもラツィオのロティート会長や、ミランのガッリアーニ副会長が支持を表明していた。ユーベ、ローマなどの数クラブはイメージ悪化を重く見て、「しばらくは代理を立てる」という案を決議する方向で動いた。しかし結局、工作を労しても力関係は覆らず、3度の投票を繰り返してもタベッキオ優勢は変わらなかった。

 「アメリカやフランス、イギリスなら、ああいう失言をしたら次の日は辞めるのが普通だ。だけどここでは重要な人物でも、不思議と辞任せずにことが通る。イタリアはこうだ」とローマのデ・ロッシは言った。集団に大きな影響力を持つ人物に、この国は弱い。今後どうするべきかという議論が全く白熱しないまま、最後は数の論理を露骨に見せつけられて、選挙は終わった。12日の地元紙は「タベッキオの仕事ぶりで審判を下そう」と報じていたが、果たしてどうか。さしあたってタベッキオの次の仕事は、これまたプランデッリ監督の辞任後に空位となっている代表監督の座。候補には元ユーベのコンテの他に、前日本代表のザッケローニの名が上がっている。(神尾光臣=イタリア通信員)

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