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【コラム】海外通信員

デミチェリスの復活

[ 2014年7月27日 05:30 ]

マンチェスターC所属、アルゼンチン代表DFデミチェリス
Photo By スポニチ

 ワールドカップの決勝トーナメントで勝ち進めるだけの守備力を兼ね備えていなかったアルゼンチンが、大会の途中で大胆な戦術変更とメンバーの入れ替えを実行するという大きな賭けに出たアレハンドロ・サベーラ監督の采配が功を成したおかげで、決勝でドイツ相手に善戦を演じた末、準優勝に終わった。ドイツ戦では決定機を決められず、あと一歩のところで優勝を逃した感があるが、チームは大会後、アルゼンチン国内で絶賛された。

 ワールドカップのあとで代表がこんなに評価されたのは86年大会以来のこと。結果主義が大嫌いなことで知られ、同業者を褒めることは滅多にしない御意見番セサル・ルイス・メノッティでさえ、サベーラ監督の決断力とチームの団結力を称賛したほどだった。

 今回のアルゼンチンで最も高い評価を受けたのは、自陣を文字通り仕切ったハビエル・マスチェラーノだ。「キャプテン章をつけないキャプテン」として献身的なプレーを見せ、決勝戦では自陣内で14キロも走った。彼の功労については各メディアで取り上げられており、私自身もすでに称賛し尽くした感があるので、大会直後の興奮も冷めた今、ここではあえて他の選手にスポットライトを当てたいと思う。CBのマルティン・デミチェリスだ。

 デミチェリスは、今大会のために選ばれた23人の中で一番のサプライズ招集となった選手だった。5月13日に予備登録メンバーを含む30人のリストが発表されたとき、本人も「まさか呼ばれるとは思っていなかった」と言いながら、驚きを隠せない様子だった。2011年11月11日に行われたワールドカップ南米予選第3節のボリビア戦を最後に、代表には招集されていなかったのだから、当然だろう。

 あの試合で、デミチェリスは致命的なミスを犯した。ハイボールのクリアに失敗し、ボリビアのFWマルセロ・マルティンスにボールを奪われ、そのまま失点。エセキエル・ラベッシによるゴールから1-1としたが、ホームで格下のボリビアと引き分けたゲームは、サポーターの気持ちが代表から一段と離れるきっかけを作ってしまった。

 そして、4日後に行われたコロンビア戦で、チームは状況を180度変えてみせた。リオネル・メッシとセルヒオ・アグエロの活躍からアルゼンチンは1-2の逆転勝利をおさめ、ファンの心をつかんだだけでなく、このときのメンバーがその後の基本布陣となった。その後、デミチェリスはチームから外され、代わりにフェデリコ・フェルナンデスがレギュラーに定着したのである。

 コロンビア戦の会場となった都市の名前をとって「バランキージャの夜」と呼ばれるあの試合は、サベーラ監督のチームにとってのターニングポイントとなり、デミチェリスにとっては代表との決裂となった、と思われていた。

 その後、かねてから不仲が噂されていたパートナーでありタレントのエバンヘリーナ・アンデルソンと別居。エバンヘリーナが2人目の子どもを身籠ったままアルゼンチンに戻ったため、デミチェリスはひとりで所属先のマラガに残り、代表から見放された辛さも重なって、一時的にパフォーマンスも低下する。しかし、古巣のリーベル・プレート時代からの恩師であるマヌエル・ペレグリーニ監督から厚い信頼を寄せられ、自信と共に次第に本来のレベルを取り戻すことに成功。マラガにとってクラブ史上初となるチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献した。

 2013年1月に女児ローラが誕生したあと、2月には父親が事故死するという悲劇に見舞われたが、エバンヘリーナと完全に復縁。9月にはペレグリーニ監督の新天地マンチェスター・シティに移籍して新たな一歩を踏み出した。

 シティでは今年、チャンピオンオンリーグでは残念なことにバルセロナ戦で相手にPKを与え、退場となったプレーでサポーターから顰蹙を買ったものの、その後のプレミアリーグ優勝には大きく貢献。2年半ぶりに代表に招集、しかもワールドカップ行きのメンバーに選ばれたのは、まさに公私ともに充実し切っていた時のことだった。

 本大会では当初ベンチ要員だったが、フェルナンデスの不調から、サベーラ監督は準々決勝のベルギー戦でデミチェリスを先発に起用する。ここでデミチェリスはエセキエル・ガライと絶妙なコンビネーションからゴール前を死守し、続くオランダ戦でも素晴らしいパフォーマンスを見せ、それまで最大の弱点とされた守備を安定させた。

 決勝でも、かつてバイエルン所属時に競い慣れていたドイツのアタッカーたちを相手に、デミチェリスは冷静な動きで対応。「バランキージャの夜」を機に生まれ変わったアルゼンチン代表から一度は負け組として消え去ったはずのCBが、自分のポジションを奪った選手から大舞台で主役の座を取り戻し、復活を遂げたのだった。

 マンチェスター・シティとの契約はまだ1年残されているが、「いずれはリーベルでキャリアを終えたい」と語るデミチェリス。代表でのリベンジを果たした今、今年12月で34歳となる彼が夢に描くのは、古巣で今一度タイトルを獲得する自身の姿であるに違いない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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