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【コラム】海外通信員

厳戒態勢を引いたブラジル代表のキャンプ地 広がったファンとの距離感

[ 2014年6月3日 05:30 ]

ファンサービスで写真撮影に応じるブラジル代表FWネイマール(左)
Photo By AP

 前回ブラジルのライバルとなり得るドイツ代表のキャンプ地の話しをしたが、ブラジル代表はどうなのだろうか?

 今回、ブラジル代表が合宿をする場所はリオデジャネイロ州テレゾーポリス市にあるCBF(ブラジルサッカー連盟)所有の合宿所グランジャ・コマリーだ。

 リオ市街から海と反対の山側に車で1時間ほど70キロ離れたところにある。1987年からセレソンの合宿といえばここで行われている。テレゾーポリス市はリオデジャネイロの街のイメージとおおよそかけ離れた標高800メートル、ブラジルのスイスと言われる避暑地。お隣にはかつてブラジル王朝が居を構えたペトローポリス市がある落ち着いた街並みの地域で、気候も海岸気候のリオ市と異なり爽やか。いや、爽やかどころか霧が有名で、この街きっての観光名所であるデド・ジ・デウス(神様の指)と呼ばれる標高1692メートルの奇岩が消えてしまうほどの濃霧が立ちこめる。

 この濃霧こそがテレゾーポリスのトレードマークであり、セレソンの練習に悪影響を及ぼす輩としても有名なのだ。この濃霧は時に練習場を包み込み、数メートル先でさえ視界を遮るほどになる。霧雨を連れてきたり、急激に気温を下げたりと、決して合宿地に最適とはいえないとかねてから言われてきた場所だが、今回CBFはW杯ブラジル大会のために10カ月の期間と約7億円かけて徹底的なリフォームを施した。

 各国代表がキャンプ地の整備に苦労している中、ホーム開催の有利で思い通りのリフォームを、時間をかけてやってきたブラジルは当然安心した万全の合宿ができるだろう。

 今回特に気をつけたのが安全面だ。これまで2006年W杯、2010年W杯の時も40人の警備体制を敷いてセレソンの安全を確保したが、今回はコンフェデ杯からのデモ抗議など過激な行動を心配して採られたオペレーションは約60人の警察官を含む100人の警備員を用意した。

 グランジャ・コマリーに入るには厳重なチェックが行われ、スタッフ関係者以外はメディアと家族しか入れない。家族も事前申請をしなければ入れない。

 ここに来ればセレソンの練習が見られ、選手のそばに行けると信じたファンたちが集まってもとても練習場が見えるところまで近づくこともできず、同敷地内の住民だけ(ゲーティッドハウスのため)が見ることができる。

 できるだけ大衆とセレソンを隔離しようとしている。それもそのはず。セレソンが合宿に入った当日、リオの街で選手を乗せたバスがストライキをしていた公立校の教師に取り囲まれ『ネイマールよりも教育の方が、価値がある』など抗議活動の材料にされてしまった。この先、政府を対象としたデモ活動は世界の注目を集めるためにまだまだ続き、活発化するだろう。決してセレソン自体が抗議の対象になっているわけではないが、センセーショナルなニュースとして世界に取り上げてもらうために、どんな群衆が合宿所に侵入しようとするかわからない不安がないわけではない。そこで、合宿所内ではないが、緊急事態に備えて30人の編成の軍が近隣に待機しているという。

 ただでさえ、セレソンのメンバーのほとんどが海外でプレーしていてブラジルの国民から遠い存在だ。セレソンは、以前は国民のものだった。しかし、もう今やセレソンは大衆のものでなくなってしまった。しかし、それはセレソンが悪いのではなく、自分たちを守る手段なのだから仕方がない。そういう時代になってしまったのだ。

 94年W杯の時、私は一ファンとしてグランジャ・コマリーにセレソンを見に行った。あそこに行けばセレソンに会えるんだと信じて。そして、本当に会えた時の感動は今でも忘れられない。あのころは警備体制も緩くのどかな時代だった。今でも、セレソンを見たくてグランジャ・コマリーに行くファンの気持ちはよくわかる。

 しかし、あれから10年後の今、ブラジル人はセレソンに狂気するだけののんきな国民でなくなったのも事実だ。その昔、セレソンは大衆の誇りであり、政府にとっては国をまとめる格好の道具でもあり、政治家への監視の目をそらさせる材料であった。しかし、今やW杯をえさにさせられて浮かれるだけの馬鹿な国民でなくなってきた。今年、ブラジルは10月に大統領選挙、州知事、国会議員、州議員の選挙がある。W杯中もデモはあるだろう。そして、W杯後も選挙まで続くだろう。

 混乱の時期を迎えたこの国に、セレソンは最高のプレーを観衆の前で見せて勝利というリターンを国民にもたらしてくれれば、きっと大衆とセレソンとの隔離された距離は縮まるはずだ。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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