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【コラム】海外通信員

反乱か陰謀か どこへゆくマルセイユ

[ 2014年4月13日 05:30 ]

アルセイユ暫定監督として指揮しているスポーツディレクターも務めるジョゼ・アニゴ氏
Photo By AP

 「マルセイユ次期監督にレイモン・ドメネク」

 しばらく前から怒りがおさまらない全国津々浦々のマルセイユ(OM)ファンは、ネット上でこの一文を見て、完全に打ちのめされてしまった。ドメネクには申し訳ないけれど、「OMもいよいよ終わりか」と大ショックに襲われたのである。探せど探せど監督が見つからず、フロントがとうとうドメネクに接触したことを意味するからだ。

 だが落ち込んだOMファンは、遅かれ早かれ、友人や家族からこう言われた。

 「今日は4月1日だよ!」

 エイプリルフールに引っかけて、笑っていいのか、泣いていいのかわからないOMファン――。危機の深刻さを物語るエピソードだった。

 昨季は、緊縮財政にもかかわらず手持ちの駒だけで2位を実現、「OMの奇跡」と呼ばれたものだったが、今季は一転、全てが回らなくなった。そもそも昨夏には、「フランスのドルトムントを目指す」と言っていた。莫大なカネがなくても、賢い育成や若手登用で裕福なバイエルンと渡り合ったドルトムント。それに倣ってOMも、賢さで金満パリSGや金満モナコに迫るぞ、というメッセージだった。そこでOMは、スポーツディレクター(SD)のジョゼ・アニゴを中心に、大々的に若手リクルーティングを敢行。昨季の功労者エリ・ボップ監督は、黙ってその路線に従った。

 ところが――。

 ドルトムント路線を担わせるつもりで購入した若手が、次々に期待を裏切ってしまう。
ストライキまでしてOMにやってきたMFフロリアン・トーヴァンは、ときどき天才ぶりを披露したものの、メディアでは失言を繰り返し、徐々にくすんでゆく。開幕時に驚愕のパフォーマンスを見せたMFジアネリ・インビュラも、天狗になって失敗。DFバンジャマン・メンディも、ポテンシャルの大きさはみせたが不安定で、MFマリオ・レミナも活躍にはほど遠かった。

 要するに、“若手登用”は挫折となった。それどころか、脅かされたと感じた一部主力と若手の間に軋轢が起こり、まとまっていたチームに混乱をもたらしてしまった。
結果、たった数カ月で責任をエリ・ボップにかぶせ、監督を首にしてしまう。これに伴い育成センターでも、ボップと連携していた育成指導者たちが辞任や解任に。要するに、“育成”もあっという間に崩壊してしまった。

 代わってトップチーム監督代理に就任したのが、当のアニゴSD。地元出身で絶大な影響力を持つアニゴは、ヴァルビュエナらを発掘した手腕でも認められているが、同時に暗黒街との関係も噂され、ディディエ・デシャン元監督をいびり出したことでも知られている。その彼がいよいよ全権を掌握したかに見えた。

 ところが――。

 やはりダメだった。OMはズルズルと落ち続け、チャンピオンズリーグ(CL)出場目標は遠ざかるばかり。それどころか4位のサンテティエンヌにまで大きく水を開けられ、ヨーロッパリーグ(EL)さえおぼつかない状況に陥ってしまった。選手たちに覇気はなく、アニゴも諦め気味。反比例してサポーターの怒りは高まる一方で、トレーニング場周辺の壁はアニゴとヴァンサン・ラブリュヌ会長の辞任を求める落書きで溢れている。こうして4月4日(第32節)には、異様な光景が出現してしまった。

 試合は、ヴェロドローム(ホーム)でのOM・アジャクシオ戦。ところが、ネット上で試合ボイコットの呼びかけがおこなわれたため、3万人を超す年間会員サポーターのうち足を運んだのは半分の1万5000人。しかも彼らも、応援のためではなく、抗議のために足を運んだのだった。

 スタンドには、「お前らが存在しないから、われわれも来なかったのだ」の大横断幕。「われわれはもうお前らを応援しない われわれはお前らに我慢できない」「選手も指導部も責任をとれ」「アニゴは出ていけ」などの幕も張られた。

 選手たちは覚悟していたようで、アウェーのような雰囲気に耐えながら、育成センター出身のMFアンドレ・アイユーがハットトリックを決めて勝利(3-1)。それでもスタンドは殺気に満ち、翌日のレキップ紙は、「反乱に直面するOM」の見出しを掲げた。

 OMに君臨してきたアニゴに対するサポーターの反乱が、ついに起こったのだろうか。

 だが当のアニゴは、「これらは前から準備されてきたものだ」と語って、“確信犯による陰謀”であることを臭わせた。誰を指しているのかは不明だが、どうやらOM買収の動きがあるらしく、直前の市長選挙で政争の種にまでなった。

 ラブリュヌ会長はといえば、「抗議したサポーターは少数派。多くの人は、ごっちゃにされたくないからスタジアムに来なかったのだ」と強調。OM売却はないし、来季も自分が会長に残るとして、「歴史が私の通過を審判するだろう」と語った。

 だが・・・である。

 ヴェロドローム(市所有)は、EURO2016に向けた大改装を終えようとしており、莫大な費用をかけたそれは、“宝石”と呼ばれるほどに美しく変身する。ミストラルはもう吹き込まず、それでいて真っ青な空は、ぽっかり開いた天井から陽光を注ぐ。確かにこれを狙う者がいても不思議はない。しかもOMはフランス一の人気クラブなのである。

 オーナーのマルガリータ・ルイ=ドレフュスは、個人資産に限って言えばパリやモナコのオーナーを凌ぐ大富豪だが、これ以上私財を投入する意思はないと明言。息子の一人がOM大ファンのため、仕方なく資産を投じ続けている、という噂がもっぱらだ。このためサポーターも、「白馬のプリンスが現れないものか」、と夢見ているのである。さすがのアニゴも、最近は本気でOMを去る検討をしているそうだ。息子を殺された(OMとは無縁の暴力抗争)苦悩も、人生観を変えたかもしれない。

 だが、OMもOMサポーターも、失敗の原因を熟考する必要がある。OMとOMサポーターの最大の問題は(魅力の裏返しでもあるけれど)、その場凌ぎで派手に振舞ってしまい、じっくり、長い目でみながら、地に足をつけて進めないことである。

 だから育成を放り投げ、リクルーティング手法も間違えたのだ。熟慮のうえのピンポイント補強で、時間をかけて世代交代していくならともかく、大量に若い有望株を鳴物入りで購入したため、全てが裏目に出て、若手も古株も混乱させてしまったのである。

 会長は、4月15日までに新監督を見つけると宣言、刻一刻とその日は迫っている。大金を用意したのにアンドレ・ヴィアス・ボアスに断わられ、いまはマルセロ・ビエルサの線を追っている。だが誰を監督にしても、根本は同じではないだろうか。育成に本腰を入れ、もっと着実に前進すべきなのだ。育成に依拠しながら賢く補強し、長いトンネルを抜け出して、CLさえ狙い始めているサンテティエンヌのように――。

 この夏は多くの主力がOMを出て行ってしまうかもしれない。マルセイユはいったいどこへいくのだろう。(結城麻里=パリ通信員)

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