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【コラム】海外通信員

フランス人のハート掴んだイブラ

[ 2014年2月15日 05:30 ]

今季もリーグ戦18得点を挙げるなど、際立った活躍を見せるパリSGのFWイブラヒモビッチ
Photo By AP

 フランス人(総体)の心を掴むのは、すさまじく難しい。

 批判精神が強いので、ちょっとやそっとでは認めてくれない。反逆精神が強いので、偉そうにすれば、“主人公は俺たちだ”と突き上げられる。平等精神が強いので、お金をひけらかそうものなら、たちどころに大反感を買う。スターだろうが有名人だろうが、仕事の上司だろうが大金持ちだろうが、お金や知名度や権力でうまくいくと思ったら大間違い。“寄らば大樹の陰”ではなく“大樹なら民を潤せ”であり、“長いものには巻かれろ”ではなく“長いものに巻かれてたまるか”なのである。

 たとえばデビッド・ベッカムが世界中でちやほやされても、フランス人(総体)のハートは掴まなかった。パリSGファンと一部女性誌には歓迎されたが、それ以外は冷めたものだった。カタール人のアジア向けマーケッティング戦略と見抜いていたからで、キャリアやFKクオリティーや人格をリスペクトはしても、とくに愛しはしなかった。

 ところが・・・である。ズラタン・イブラヒモビッチは、どうやらフランス人(総体)のハートをほぼ掴んでしまったようなのである。

「ほぼ」と書いたのは、もちろんイブラ嫌いも残っているからだ。“俺様”モードが強烈にクローズアップされた昨季は、かなりのイブラ嫌いがいた。ピッチ上で苛つけば「傲慢」「肥大化したエゴの塊」と叩かれ、造語の動詞「ズラタネ」(ズラタンする)にもどこか嘲笑がこめられていた。PSGそのものの“金満王様”ぶりへの反感もすさまじかったから、イブラ嫌いも増幅されていたに違いない。

 だが今季は、イブラ好きが爆発的に増加している。「ズラタネ」にも畏敬と愛着がこめられ、形容詞「ズラタネスク」(ズラタンばりの)は、完全な褒め言葉になった。たとえば誰かがズラタン風のゴールを決めると、「ズラタネスク」なゴールと呼ばれるわけである(滅多にないけれど)。

 というのは、観察するにしたがって、イブラがエゴイストどころか、利他的なプレーをすることがわかってきたからである。高い目の位置から全体を俯瞰し、素早い判断と高度なパステクニックでアシストする場面は、人々を何度もあっと言わせた。イブラは現時点で、アシストランキング堂々1位である。そもそも誰もが「カバーニとの共存はムリ
と思ったのに、結果は真逆で、問題なく共存したばかりか、カバーニにもゴールさせようとするのだ(カバーニの共存努力もすごいけれど)。

 それでいて肝心なところでは、責任を一身に引き受け、救世主となる。なにしろ全コンペティション(L1、CL、カップ)合計で、今季32試合プレーし、31ゴールというすさまじさ(2月9日時点)。これはフランスでは前代未聞である。1970~71年シーズンにマルセイユで、クロアチア人FWヨシップ・スコブラルが、32試合で27ゴール決めたが、それを優に上回っているのだ。もちろん得点王ランキングも断然1位である。それらのゴールは、「すげ…」と唸らせるものばかり。

 先日、FIFAプシュカーシュ・アワードに輝いたのはスウェーデン代表でのゴール(2012年11月14日、対イングランド、4-2)だったが、PSGでも必見ゴールがズラズラだ。とくにバスティア戦でのゴール(2013年10月19日、4-0)は、フランス人の目もテンになった。「空中・鳩の尾翼」と呼ばれるものである。

 あなたがゴール前にいるとしよう。そこへ空高く打ち上げられたボールが、弧を描いて落ちてくる。極めて長身のあなたは、ボールを見据えて待ち構え、頭上に落ちてくるタイミングを見計らっている。周囲、とくに背後には敵ディフェンダーがマークしているが、あなたは彼よりずっと背が高い。普通ならどうするだろうか。ジャンピングヘッドだ。

 ところがイブラはジャンプせず、左足を軸にして、右足を後方高くに回し上げた。まるで空手の後ろ回し蹴り。しかもその右足は、なんと自分の頭の高さまで上がっていた。こちらはまるでバレリーナだ。そして彼は、ヒールでゴールを突き刺したのである。敵ディフェンダーは何もできないまま、呆気にとられるしかなかった。

 これを読んだら、すぐにやってみてほしい。後ろ回し蹴りはできても、足が頭の高さまでは上がらないと思う。また足が仮に後頭部まで上がっても、ヒールでジャストミートできるかどうか。私など、どちらもできず、前につんのめってしまった。

 格闘技的パワー、バレリーナ的柔軟さ、フットボーラーとしてのテクニック、フィジカルバランス、インテリジェンス、大胆不敵さ、判断力、瞬発力、嗅覚…。イブラの全てがそこにあった。このゴールは“芸術品”として、フランスでは語り草になっている。

 しかも、である。ゴール、アシストだけでなく、最近人柄まで話題を呼んでいる。個人的知り合いではないので100%保証はできないが、不思議な愛嬌もあるうえに、どうやら“いい人”らしいのである。

 PSGが苦しんだ挙句フランスチャンピオンになった昨年夏のこと、全てのチームメイトがさっさとロッカールームの荷物を片づけ、ルンルン夏バカンスに発とうとしていたそのとき、イブラは、バカンスに去る前にクラブ従業員やトレーニング場のボランティアに感謝の気持ちをこめてチップを渡すべきだ、と言い、みなに封筒にお札を入れて渡すよう促したというのだ。

 これは重要エピソードである。ベッカムが「給料を寄付すると公式記者会見で発表したときは、どこか胡散(うさん)臭かった。全てが事前にオーガナイズされており、弱者連帯を好むフランス人のハートに響くよう“宣伝”しているのが嫌でも伝わってきたため、「騙されるものか」とテレビで毒づいた記者もいた。だがイブラは宣伝していない。レキップ紙PSG番記者が掘り出してきたエピソードなのである。

 ふと思えば日本人は、フランスのカフェでは、“チップを渡さない国民”として有名である。欧州人はもちろん、アメリカ人も他の国の人々も渡すのに、日本人は“サービスも値段に入っているはず”と知らん顔をするという(実は給仕のサービス代は値段に入っていないのだが、日本のガイドブックが仕組みを知らず、間違えて伝えているらしい)。重労働やいいサービスをしてもらったら、チップを渡してハートを表すのが品位ある態度なのだが…。また「日本人がホームレスにお金を渡すのを見たことがない」、とも批判される。

 フランスでは、お金に少しでも余裕のある人が余裕のない人を助けるのは当然であり、しない人もいるが、しない人はけっして尊敬されないのである。そんななかでイブラの態度は、やはり立派だ。天文学的大金を稼ぎながら、周囲の人々の労働になど関心ももたず、税金逃れ策ばかり考える金持ちが多いなかで…。

 かくてフランス人は、イブラ出演テレビコマーシャルを大いに楽しんでいる。テレビゲームに興じるフランス少年が、音声で話すうち相手がイブラだとわかり、大興奮する。対するイブラは、王様の椅子にゆったり座りながら、愉快な訛りのあるフランス語で、「ズラタン、けっして負けない」と余裕綽々。ところが少年が勝ち、歓喜雀躍する。するとイブラは、顔が見えないのをいいことに、「実はワタシ、ズラタンじゃない」。これで少年はガッカリし、フランス人は爆笑するのである。

 ローマ時代にユベントスのイブラとピッチ上で大げんかし、その後大の親友になったMFオリヴィエ・ダクール(元フランス代表)は、こう言う。
「彼は、パリとチャンピオンズリーグに勝てるんじゃないかって、秘かに確信しているんだ」

 制覇はともかく、かなり上までは行けるかもしれない。レバークーゼン戦(2月18日)は目の前である。32歳。円熟イブラは、今季にかけている。(結城麻里=パリ通信員)

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