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【コラム】海外通信員

おぼろげなる史上最高額でのベイル移籍劇、その真実は…

[ 2013年9月5日 06:00 ]

入団会見場に表われたレアル・マドリードのMFベイル
Photo By AP

 夏の到来とともに、スペインサッカーでは“クレブロン”という言葉が使われ始める。スペイン語で様々な出来事が連続する終わりの見えない物語や長編メロドラマを意味するこの言葉。サッカーでは移籍市場における大物選手獲得の経緯を表し、「“クレブロン”がついに始まった」「“クレブロン”はまだ始まったばかり」「“クレブロン”はまだまだ続く」「“クレブロン”終了が近づく」「“クレブロン”は終わらない」「“クレブロン”ついに終幕」といった具合で、メディアに使われる。そして今夏の“クレブロン”の主演を演じたのはMFガレス・ベイル。物語の内容は、子供の頃から憧れ続けた、レアル・マドリードへの移籍劇となった。

 レアル寄りのスポーツ新聞『マルカ』と『アス』は、この“クレブロン”の結末までにそれぞれ10回、16回もベイル報道を一面に掲載。ただ、この両紙が移籍決定までの経緯を報じる上で、一つ不可解な現象が生じている。ベイル移籍が合意間近と報じられる状況で、両紙はレアルのトッテナムに支払う移籍金が9900万ユーロ~1億1000万ユーロになると報道。レアルがマンチェスター・ユナイテッドからFWクリスティアーノ・ロナウドを獲得した9600万ユーロを超え、史上最高額になる見込みと伝えていた。しかし移籍決定が時間の問題になると、イギリスメディアでは1億ユーロと報道され続けながらも、両紙の伝える移籍金額は9100万ユーロまで減少する。

 この“クレブロン”中に、何度も歴代移籍金ランクを掲載して盛り上げてきた『マルカ』は、ベイル移籍が決定しても、移籍金は9100万ユーロであったと伝えるのみ。一方の『アス』はレアル関係者から聞きつけたのは9100万ユーロ、イングランドでは1億ユーロと報じられていると客観的姿勢を貫いた。レアルはクラブの公式チャンネルでも移籍金が9100万ユーロであったことを伝えており、史上最高額の移籍劇であったか、スペイン国内ではあやふやのままに。またスペイン、イギリスメディアの報道の差異は、移籍金だけでなくベイルの年俸にも及んでおり、『マルカ』『アス』が700万ユーロとするところ、イギリスメディアは1100万ユーロ+インセンティブ200万ユーロと報じている。

 もちろんスペインメディア、『マルカ』や『アス』のレアルの担当記者さえも、レアルから流れてくる移籍金9100万ユーロや年俸700万ユーロという額には信用を置いていない。そう、メディア間では一つの共通理解があり、それはすでに公にも出回り始めている。レアルから流れてくる情報の意図は、大不況下にあるスペインで、空気を読まないような史上最高額の移籍劇が生まれた事実の回避、そしてチームの絶対的エースC・ロナウドの顔を立てることにある。ポルトガル代表FWはマドリーとの契約延長で合意に至っており、その年俸は1000万ユーロから1700万ユーロにアップする見込みだ。が、実際にベイルの移籍金が史上最高額であれば、選手の表面的な価値基準で劣ることになる。それはレアル会長フロレンティーノ・ペレスが、現バルセロナFWネイマール確保を断念した際に口にした言葉、「彼の獲得には1億ユーロ以上かかり、チームのエコシステムが破壊されてしまう」ことを意味するのである。

 欧州のクラブが、メディアを通して意図的に情報を流すことはざらだ。それはメディアがクラブ関係者に聞き付けるのはもちろん、クラブが懇意にする複数のメディアにメーリングリストで送信する場合もある。今回のベイルの移籍劇では、ペレスはトッテナムの会長ダニエル・レヴィと、移籍金額を公にしないという契約を結んでいたと見られる。しかし選手本人の移籍願望を理由に売却を与儀なくされたレヴィにとって、史上最高額の移籍金でのエースの売却は、クラブの威厳を示すことと同義であった。よって非公式情報としながらも、彼が『BBC』や『ガーディアン』といったイギリスメディアに、1億ユーロでのエース売却を漏らしたというのが大方の見解だ。

 またベイルの年俸についても、スペインメディアの伝える700万ユーロではないことは明らかである。昨季のプレミアリーグ最優秀選手が、マンチェスター・シティMFダビド・シルバ&FWセルヒオ・アグエロ(900万ユーロ)、MFサミル・ナスリ(700万ユーロ)、マンチェスター・ユナイテッドFWロビン・ファン・ペルシ(1000万ユーロ)、チェルシーMFエデン・アザール(800万ユーロ)らに劣るはずがない。イギリスメディアから報じられた1100万ユーロ+インセンティブ200万ユーロは、ベイルの代理人ジョナサン・バーネットによって流出した可能性が高いと見られている。もちろん、ペレスから口止めはされただろうが、代理人業に従事する彼が、懇意にしているトッテナムや取引先に虚偽の情報を伝えることは不可能であり、それが外部に漏れていくのは自明の理である。

 かくしてベイルは、非公式ながらも史上最高額の移籍金でレアルに加わった。彼はイギリス、北アメリカのプレミアリーグの放送権を有するBTグループ、NBCに同リーグの広告塔として扱われただけでなく、世界的なサッカーゲーム“FIFA”の2014年度版でイメージキャラクターを務める。マーケティングの専門家は、ベイルの生み出す広告収入が現在のところ1億ユーロ前後とし、将来的にはC・ロナウド、バルセロナFWリオネル・メッシ、ネイマールに近い影響力を有するとの見解を示している。今夏の始めに、バルセロナのネイマール獲得に話題を独占されたレアルが、彼に大金を投じた最たる要因がここにある。

 ペレスの会長を務めた期間は10年に及ぶが、選手の総獲得費用は、今夏に8億6000万ユーロから10億4000万ユーロにまで上昇した。またも夏の王様として君臨したレアルの名物会長だが、何より重要なのは、来年の春に王様となっているかどうか、だ。何しろ、現スペイン代表監督のビセンテ・デル・ボスケを追いやってからの7シーズン、彼は10度目のチャンピオンズリーグ優勝はおろか、リーガエスパニョーラでもわずか1度の優勝しか達成していない。ベイルの費用対効果を、スポーツ面でも発揮させられるか。本当の“クレブロン”が始まるのは、ここからだ。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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