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【コラム】海外通信員

メッシの生家を訪ねて 日本人にはわかりにくい危険

[ 2013年8月23日 06:00 ]

ロサリオ市街地南部にある、メッシの生家 (C)Photogamma
Photo By スポニチ

 先日、ある取材のためにリオネル・メッシの故郷、ロサリオ市を訪ねた。

 ロサリオは、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから北西に289kmの位置にある、人口およそ100万人の都市。広大なパラナ河沿いに見える街並みは、まるで海辺のリゾート地のように優雅で美しく、中心部には趣のあるコロニアル様式の古い建築物が立ち並び、ヨーロッパの町を髣髴とさせる。

 だが、その市街地からおよそ40ブロック、車で20分ほどの距離まで離れると、雰囲気はがらりと変貌する。貧しい人たちが暮らすバラック建ての住居が密集する地区が点在し、何をするともなく道端でたむろする若者たちの姿が目立つ。市街地を取り囲む地域はそういった貧民街ばかりではないが、一見、一軒家が並ぶ普通の住宅地のようでも、どこか乾いた、殺伐とした雰囲気をかもし出している。

 メッシの生家は、ロサリオ市街地南部の、そんな住宅地にある。二階建てで門もあり、なかなか立派な造りであるため、この家だけを見た限りでは周辺の雰囲気は全くわからない。しかし、人通りはほとんどなく、よそから来た者がうろついていることに気づいた住人たちが窓やドアからこっそりとこちらの様子を窺っている気配を感じると、恐くなった。いつ何時、窓から私のことを観察している誰かが近くに住む知り合いに通達し、そこから盗難目的の集団がやって来てもおかしくない。

 この恐怖感はおそらく、私が二十数年ほどアルゼンチンで暮らして来た中で自然に身に着けた「勘」だろう。日本から来た人だったら、静寂な住宅地の中で逆に安心感を抱き、四方から鋭い視線を注がれていることにさえ気づかないはずだ。

 もちろん、私はそこに一人で行ったわけではない。ロサリオを知り尽くした地元の人に同伴してもらい、取材する前、歩道に座っていた女の子たちに断りを入れ、写真を撮影する間は、同伴者に女の子たちと他愛のない会話をしてもらって、彼女たちの注意を別の方向に向けた。

 結局その場にいたのは、数分ほどだっただろうか。撮影を済ませたら、ものすごいスピードで車に乗り込み、地元の人たちがよく使うルートで大通りまで出た。周辺には袋小路になっている場所がいくつかあり、それを知らずに小道に入り込んでうろうろしていると行き止まりの状態になってしまう。もし後をつけられていたら、そこで終わりだ。

 その後、メッシの幼馴染にインタビューをしたのだが、夕刻に差し掛かると彼もやはり「この時間帯はレオが住んでいた辺りは通らないほうがいい」と言った。都市部から離れ、閑散としている住宅地では気を付けるに越したことはない。

 日本では安全な鉄道も、アルゼンチンでは低所得者が利用する移動手段。日本でよく見かける2~3階建てのコンクリート製集合住宅は、アルゼンチンではもともとバラックが密集していた貧民街を整備した地区。日本人的な視点で「普通」と判断すると、大変なことになる。

 来年、ブラジルでワールドカップが開催される。日本からも多くの人が当地を訪れるが、その時に気をつけてもらいたいのが、メッシが生まれ育ったような「普通の住宅地」に見える地域だ。一目で貧しい人が住む街とわかる地区では注意を払っても、日本人の感覚で普通に思える住宅地で危険を感じる人はほとんどいないだろう。

 治安については、気をつけるに越したことはない。決して面白半分で「○○選手が生まれ育ったという貧しい人の住む街に行ってみた」というような武勇伝を作ろうとは思わないでほしい。私がメッシの生家を訪れるのも、きっとこれが最初で最後だろう。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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