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【コラム】海外通信員

パリ・サンジェルマン 新王のナーバスな行進

[ 2013年5月12日 06:00 ]

 王位継承はとっくに決定し、新王の名もわかっているのに、絢爛たる戴冠式に向かう新王の行列行進には騒動と悶着が絶えない――。今季フランスリーグ終盤を観ていると、こんなメタフォール(暗喩)を使いたくなる。

 実際、新王となるパリ(PSG)は、5月5日(第35節)に祝祭を準備していた。一説によれば、パルク・デ・プランスには花火も用意されていたらしい。前日の4日に2位マルセイユ(OM)がバスティアに負ければ、その時点でPSGの優勝が公式決定、そうなれば1994年以来19年ぶりの王座が実現するはずだったからだ。

 ところが予定は4日から狂った。OMがバスティアに勝ってしまったためだ(2-1)。アンチェロッティ監督は4日夕、テレビに張り付いてこのOM・バスティア戦を見守り、記者会見にも遅れて登場するハメになった。

 それでもまだ、会見はほんわかムード。レアル・マドリードに去りそうなアンチェロッティ監督のもとには、サポーターから“行かないでラブレター”が届いていたが、この夕の会見では記者からもハートマーク入りラブレターが渡され、会場は笑いの渦に包まれた。それに、“公式優勝”はまだでも、OMとの勝ち点差+得失点差からみれば、“非公式には優勝したも同然”。そこで5日の祝祭も、予定どおりおこなう手筈だった。

 ところが予定は、当日になってまた狂ってしまった。

 格下ヴァランシエンヌ(VA)が、王様然としたPSGに猛然と戦いを挑み、1-0でリード(17分)してしまったのである。「自分が勝つに決まっている」と思っていたパリは焦り、巻き返しを図るが、なかなか追いつけない! そこで新王のイライラが始まった。

 結果は、ファン・デルヴィールにイエロー(25分)、メネーズにイエロー(35分)、シャントームにイエロー(42分)、抗議しようと審判の体に触ったチアゴ・シウバに一発退場レッド(43分)、ガメイロにイエロー(78分)。83分には1-1に追いついたのだが、試合後に猛抗議したイブラヒモビッチにもイエロー。勝利はといえば、結局逃してしまった。

 主審カストロ氏にも問題があり、とくにチアゴ・シウバの一発退場にはパリファンならずとも首を傾げたが、それにしても新王のイラつきも異常だった。しかも試合後のパルク内廊下では、目を疑う光景が繰り広げられた。怒りまくったレオナルドSDが、通過するカストロ氏にドスンと肩からぶつかり、突き飛ばしたのである。これで6、7日はフランス中が大騒ぎ。スペシャリストたちは異口同音に、「クラブ指導者がこんなことをするなど受け入れがたい!」「見たこともない!」と批判し、当のレオナルドSDはといえば「襲われたのは私の方だ」と、今度は耳を疑う反論で開き直った。レオナルドSDは、フランス中を敵に回してしまった感さえある。

 そもそも前節にも、PSGは同じ過ちを犯した。格下エヴィアンに手こずってイライラが募り、ヴェラッティにイエロー(27分)、マクスウェルにイエロー(45分+2)、やっと1-0でリードしたにもかかわらず(50分)、ヴェラッティが審判に抗議して累積レッド(81分)、ベッカムに一発退場レッド(90分+2)。

 挙句に試合後には大喧嘩が始まり、参加したシリグにレッド(試合後)。しかもシリグが審判に呼ばれてロッカールームからピッチに向かおうとしたのを、サブSDのオリヴィエ・レタンが「レオが行くなと言っている!」と引き止める異様なシーンも展開された。結果レタンは、1カ月間のベンチおよびロッカールーム出入り停止処分になった。

 こうしてPSGは5月7日までに、リーグアンだけでイエロー69枚、レッド9枚をコレクション。ドイツで優勝を決めたバイエルン(35枚+1枚)に比べると、すさまじい数であることがわかる。

 いったいなぜか――。

 PSG関係者やファンは陰謀説を唱える。新王をよく思わない一部の者どもが陰に陽に審判に影響力を行使し、わざと新王の行進を妨害している、というわけだ。だがあまりにも根拠がなく、気持ちはわかるが、少々パラノイアックではないか。

 私はむしろ、国民の愛を得られない新王が不安に駆られ、ナーバスになっているとみる。たとえば今季32年ぶりにタイトル(4月20日、リーグカップ優勝)を獲得したサンテティエンヌは、貧しき炭鉱夫や労働者たちに大きな夢と栄光と愛を与え、「緑の民」と呼ばれるサポーターとともにフランス王者10回、フランスカップ6回という一時代を築いて、フランス中から尊敬されてきた。だから今回も国中が喝采を送ったのである。

 3年前に18年ぶりに王座に返り咲いたマルセイユも、地中海一帯から集まった貧しき移民たちに大きな夢と栄光と愛を与え、彼らの熱狂的宗教と化して、フランス王者9回、フランスカップ10回、リーグカップ3回、何よりもチャンピオンズリーグ(CL)制覇まで果たして、フランス中から愛されてきた。人気ナンバー1クラブなのも当然である。

 2000年代に7年連続王者に君臨したリヨンは、愛では上記2クラブにかなわなかったし、魅惑的とも言えなかったが、冷静沈着に率い、欧州舞台でフランスの面子を支えた。また昨季初めて王者に輝いたモンペリエは、泥臭いゴミ清掃会社の社長が貧しい地区の小クラブを窮地から救うために買い取り、38年も愛をこめて育て上げ、それも育成の力で王座について、フランス中を感動させた。

 愛というのは、親子でも男女でもフットボールでも、与えない限りもらえないのである。与えても、もらえないことだってある。それなのに札束で頬をなぶって「愛せ」と迫っても、愛はもらえない。まして愛を与えないうちから、「愛されないのはおかしい」と怒っては、人心も離れるばかりである。新王は、王になる前から高慢になっていないだろうか?

 アンチェロッティ監督の去就も、だからこそ重大な意味をもつ。11月に不振に陥るやカタールのタミン皇子は、12月初旬に監督解任を検討したと言われる。アンチェロッティは黙って耐えて結果を出したが、カタールはそれでもモウリーニョやヴェンゲルと接触し続けた。これではアンチェロッティが愛想を尽かしたとしても、文句は言えまい。

 ところが、最終的にどうなるかはともかくモウはチェルシー行き、ヴェンゲルはアーセナル残留が濃厚となって、カタールは急に焦り出した。アンチェロッティが去れば、PSGは一から出直さねばならないうえ、有名な後継監督が見つからないかもしれないからだ。このため新王の行進には“アンチェロッティ・サスペンス”まで加わって、およそ落着きがない。5日夕にはラジオRMCが「アンチェロッティが選手たちに『パリに残る』と語った」とスクープしたかと思うと、6日にはクラブがこれを否定。だが、近くアンチェロッティとタミン皇子の直接会談があるとも言われている。

 PSGがCLでバルサをギリギリまで追い詰めたとき、フランスは国中が熱くパリを応援した。思えばあのときだけ、新王の後ろに国民がついた。つまりパリは、CLを制して、しかもカタールにではなくフランス人に愛と夢を与えたときに、はじめて愛されるようになるだろう。愛されないことに苛立ってキリキリするのは、やめるべきなのだ。

 そういえばフランスの歴史にもさまざまな王がいた。美貌王と呼ばれた王もいたし、聖ルイ、狂王、呪われ王、敬虔王、賢明王、太陽王などという王たちもいた。いずれにせよ、富める王が貧しき国民をなじったり愚弄したりすることほど、醜いものはない。王は貧しき国民に愛と富と進歩を与えてこそ、愛され、尊敬され、歴史に高名を留めるのだ。PSGという新王も、それを心得なければならないだろう。

 新王のナーバスな行進は、早ければ今週末(第36節)、戴冠式に到達する。だが夏以降のPSGは、どんな監督とどんなフロントとどんな選手たちで国を治めるのだろうか?(結城麻里=パリ通信員)

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