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【コラム】海外通信員

第二のリベリ “ベッカムストーリー”とアレッサンドリニ参上!

[ 2013年2月16日 06:00 ]

1月31日入団会見で写真撮影に応じるパリSGの(左から)アルケライフィ会長、ベッカム、レオナルド・スポーツディレクター
Photo By AP

 最近、へきえきすることが多い。

 英タブロイド紙「ザ・サン」のグロテスク報道もそのひとつ。フランスのジャーナリスト仲間もみなへきえきしたらしく、2月11日夜、テレビ「レキップ21」の人気討論番組「レキップ・デュ・ソワール」では、

 「そんなテーマで僕は討論しない。エヴラが誰とつき合おうがそれは彼のプライバシー。フランスジャーナリズムはプライバシーを断固尊重してきた。例外扱いしたリベリの件でも反省したばかり。よって僕は語らない。扱う必要もない」(「レキップ紙のヴァンサン・デュリュック記者)

 「だいたいイングランドの一部ジャーナリストは、クラブ関係者に金を掴ませてまで選手のプライバシースキャンダルをつくり出し、金儲けにつなげている。そんなのジャーナリズムか!」(『レキップマガジン』誌のエリック・ビルデルマン記者)

・・・と、出演者全員が怒り心頭に発していた。

 私も同感。「よくぞ言った!」と溜飲を下げた。たとえエヴラがナイスナ事件で国民の不興を買った経歴をもつにしても、物事を感情で混同してはいけない。幸いフランス国民は混同しないが、それでもエヴラが精神的ショックから立ち直るにはしばらくかかるかもしれず、デシャン代表監督はまた頭痛の種を抱えてしまった。

 へきえきは、ベッカムストーリーでも同じだ。

 ベッカムに恨みはないし、謙虚で素晴らしい選手なのも間違いないし、首都パリも愛しているが、カタールPSGの手法のうさん臭さが鼻につくのである。

 そもそも『フランスフットボール』誌が「カタールゲート」と題した号を発売したその日から、ベッカム獲りが急加速。カタールゲートとは米ウオーターゲート事件をもじったもので、「カタール疑獄」の意味だ。もともとカタールが金を掴ませて2022年ワールドカップを招致したのではないかとの噂は根強くあったが、『フランスフットボール』誌はこれを調査報道で掘り下げ、限りなく黒に近い灰色であることを世に示したのだ。

 つまり、カタールのイメージがどす黒い石油色に塗りこめられそうになったのを、ベッカムの煌びやかなイメージで金粉まぶしにしたのではないか、という疑念が拭えない。現にベッカム記者会見場で『フランスフットボール』誌記者がその点をただそうとするや、アルケライフィ会長は嫌悪感を丸出しにし、「ここはベッカムを語る場」と冷たく無視した。

 しかもベッカムのサラリーを恵まれない子どもたちに寄付すると宣言したことも、神経を逆なでした。フランス人が金持ち優遇や拝金主義やビジネス偏重を嫌い、弱者や貧者や子どもを助けようとする国民性なのを承知で、それを逆手にとったのが見え見えだからだ。

 よってフランスメディアは、「チャリティービジネス」という用語を発明して、批判し皮肉った。「お涙頂戴になんか乗せられるものか」(「レキップ」紙のセバスチャン・タラゴ記者)と、厳しい声も相次いだ。

 私も同感。だいたいPSGはベッカムのユニフォーム(一着110ユーロ)を30万枚売りたい考えで、ベッカムも肖像権使用料だのロイヤリティーだのをしっかり受け取るはず。しかもそのターゲットは、サッカーなどどうでもいい「東京の女の子たち」(『フランスフットボール』誌)で、目的はまたしてもカタールのイメージアップなのだ。

 要するにベッカムは、サッカーファン用ではなく、カタールファン用、ブランドファン用、ショービズファン用、ビジネスファン用、ヒカリモノファン用、セックスアピールファン用、マネーファン用に獲得されたのである。もちろんFKはいまも健在だろうが、どれだけ純粋スポーツ面でプラスなんだか…。

 13日にはベッカムの初トレーニングがけばけばしく報道され、2月末には試合初登場も世界中を派手に駆け巡るだろう。イブラのパフォーマンスを落とすことなく(12日のCLヴァレンシア戦を見ると、どうもあやしい)、38歳になるスーパースターを華々しく起用せねばならないアンチェロッティ監督が、気の毒にさえなる。

 だが、そんななかでも、爽やかで微笑ましい光景をもたらしてくれる選手たちがいることを、忘れないようにしたい。

 たとえば2月9日(第24節)のサンテティエンヌ・モンペリエ戦(4-1)。そこではハーフタイムに、サンテティエンヌ選手たちがスコップを手に現れ、せっせと雪かきを始めた。それも厭々ではない。ブラジル人FWブランドンなど、頼もしい肉体を駆使しながら、嬉々として雪かき。心が洗われるような、微笑ましい光景だった。

 2月10日(同)レンヌ・トゥールーズ戦(2-0)におけるMFアレッサンドリニのゴールも、痛快で微笑ましかった。しけた戦況にめげず、GKにはじかれたボールにしつこく絡みついて、泥臭くも懸命にゴールをこじ開け、チームに勇気を奮い起こしたのだ。

 いや、そもそも、アレッサンドリニそのものが痛快だ。「第二のリベリ」と囁かれる、いま旬の若者である。

 ロマン・アレッサンドリニ(23歳)はマルセイユ生まれ。見るからにマルセイユ人の顔つきで、それだけでも愉快(?)なのだが、加えてリベリ風の経歴と度胸をもつ。実はアレッサンドリニは、途中までOM育成センターで育った。途中まで・・・

 というのは、15歳で諦めたからである。当時の監督から左SBにコンバートされて落ち込み、サッカーもOMも辞めたのである。だが数か月後に知人の紹介でグニョンに拾われた。グニョンと言えば、ブルゴーニュの寒村にあるプチクラブ。アレッサンドリニがデビューしたころは、3部に落ちていた。だがアレッサンドリニは努力を怠らなかった。

 やがて中央山塊のクレルモン(2部)に引き抜かれる。タイヤ大企業ミシュランの城下町として知られ、ラグビー熱は巨大だが、サッカーではあまり知られていない。だがアレッサンドリニはここで大活躍、クレルモンをぐいぐいけん引するのだ。

 そして今季、アレッサンドリニはついにレンヌに引き抜かれ、リーグアンにデビュー。若手大胆起用で定評のあるアントネッティ監督にも見守られ、3部と2部から来た無名のアレッサンドリニは、あれよあれよと言う間にたくましい活躍を見せ始める。

 現時点(第24節)でアレッサンドリニは、10ゴール5アシスト。しかも1月後半(第21節)には、エリア外からのシュートによるゴール数でリーグアン1位(5ゴール)を誇った(ロリアンのトラオレとタイ)。それどころか、ヨーロッパ5大リーグ全てでもトップ。それもメッシ、ピルロ、トラオレと並ぶトップだったのである!

 ある日のこと、PSGとの一戦でパルク・デ・プランスに乗り込んだアレッサンドリニは、そこでも豪快ゴールを決める。と、その瞬間、アレッサンドリニは、走りながら右手の指を丸めて「○」をつくり、左手は人差し指と薬指を折り畳んだ。「O、M」・・・である! マルセイユの宿敵パリの地でゴールし、故郷のクラブにオマージュを捧げたのだ。この度胸は、ひとしきり楽しい話題を振り撒いたものだった。

 そして2月初旬、アレッサンドリニはフランス代表に初招集される。リーグアンデビューからわずか半年余である。

 果敢な動き、パスセンス、豪快ゴール、恐れを知らぬ度胸、持久力、這い上がりの人生…。元OM選手のマルク・リブラは、「若い頃のリベリそっくり。おそらくビッグプレーヤーになっていくだろう」と一押し。レンヌのチームメイトたちも、「ロマンは僕たちを上に引っ張ってくれている」と絶賛している。

 さて、クレールフォンテーヌに初めて足を踏み入れたアレッサンドリニは、代表シャトー(宿舎)入口で迷い、頭を掻きながら照れ笑い。初記者会見もういういしく、それでいて生まれる前の歴史的試合についてさらりと知識を披露、インテリジェンスを垣間見せた。

 もっとも、2月6日のフランス・ドイツ戦(親善試合、1-2)は、当のリベリの花舞台。ポジションも左サイドでリベリとかぶるため、アレッサンドリニに出番はなかった。こういう場合、自身の失望やチームメイトの嫉妬から、直後に調子を落とす選手が多いのだが、アレッサンドリニはその罠にもはまらなかった。それどころか、必死のゴールで、チームを泥沼から救い出したのである。

 さて、痛快アレッサンドリニは、今後どんなサッカー人生を送るだろうか。いずれにせよフランス人は、「第二のリベリ」誕生を楽しみにしている。ベッカムが来ようがロナウドが来ようが鬼が来ようが、六角形の大地は、今日も新たな才能を育成し続けるのだ。(結城麻里=パリ通信員)

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