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【コラム】海外通信員

帰って来たビアンチ総督

[ 2012年12月21日 06:00 ]

ボカ・ジュニオルスの監督に復帰したビアンチ (C)Javier Garcia Martino / Photogamma
Photo By スポニチ

 もしも1カ月前に、誰かが「クリスマス前にカルロス・ビアンチがボカ・ジュニオルスの監督になっているだろう」と予測していたなら、おそらく誰も信じなかっただろう。クラブ関係者も、いや、ビアンチ本人でさえも。

 1カ月前までさかのぼらなくても、なにせほんの2週間前まで、ボカが目指していた道は別の方向を向いていたのだ。あの時ダニエル・アンジェリッシ会長は、ファンの支持率は低下する一方だったものの、リーグ戦の戦績からかろうじて来年のコパ・リベルタドーレス出場権獲得に成功したフリオ・セサル・ファルシオーニ監督に、契約延長の話を持ちかける準備をしていた。

 だが12月19日、ボカの新監督として、ビアンチが正式に就任した。Virrey(総督)の愛称でボケンセ(ボカのファン)たちから崇拝されるビアンチにとっては、これが98~01シーズン、03~04シーズンに次ぐ3度目の指揮となる。

 今まで8年間、ボケンセたちから切望されながらも実現することのなかったビアンチの復帰。04年6月、当時のマウリシオ・マクリ会長との確執が日に日に悪化したことを理由に、契約満了を待たずして辞任。以来、マクリが会長でいる間は絶対にボカには戻らないことは確実だった。

 ビアンチは独自のポリシーの持ち主で、周囲の流れに簡単に巻き込まれたり、揺らいだりするような弱い男ではない。だから、マクリとの和解は絶対にありえないということは、当人同士もよくわかっている。

 前任のホルヘ・アメアル会長はマクリ派の人物ではなかったが、アメアルから監督の座を勧められたときは「今のところ監督業に戻るつもりはない」とし、「まだ昼寝を楽しみたい」とジョークを言いながら、トップチームのアドバイザーという役職を引き受けた。しかし、ボカにおいて新種のポジションは結局、その効果も結果も意味も見られなかったため、「これ以上クラブから報酬をもらい続けるわけにはいかない」と、自ら退任していた。

 そして、現在のアンジェリッシ会長はマクリの弟子。知名度の高いマクリの多大な協力と顔を借りて選挙活動を行ない、見事に当選したという経緯がある。まさか、お世話になっているボスと不仲な関係にある人物に頭を下げに行くわけにはいかない。アンジェリッシにとって、ビアンチが監督候補者のリストに名を連ねることは一度もなかったし、今後も絶対にありえないことだった。

 だがここで、誰も予期していなかった大異変が起きた。その発端となったのは、なんとリケルメである。

 今年7月に「空っぽになってしまった」という台詞を残してボカを退団したリケルメは、12月6日、複数のテレビ番組に出演し、ファルシオーニ監督とアンジェリッシ会長に対する不満と悪口を遠慮なく語った。ブラジルのクラブからオファーが届いているのに、ボカがパスを出さないために移籍できないこと、自分と仲良しの選手たちが、ファルシオーニ監督から不遇な扱いを受けていること。これまで自分の心の奥底に封じ込んであったものを、一気に吐き出したのだ。

 ボカの永遠のアイドルであるリケルメの敵は、すなわち、ボケンセたちの敵でもある。このため、その3日後にホームスタジアムのボンボネーラで行なわれたリーグ戦最終節で、ファルシオーニ監督とアンジェリッシ会長に対し、大音量のブーイングが巻き起こった。クラブ関係者やメディアも驚いたほどの「大反乱」だった。

 こうしてアンジェリッシ会長は、ボケンセにとって「悪の中枢」のような存在になってしまった。非常にまずい事態だ。そこで、月初めに宿敵リーベルプレートのダニエル・パサレラ会長が、個人的な問題よりもファンの意思を尊重し、犬猿の仲とされていたラモン・ディアスを監督に迎えていたこともあり、ソシオたちの信頼と支持を取り戻す方法はただひとつしかないことを悟った。「ビアンチを呼び戻すこと」だ。

 ファルシオーニ監督との契約を更新しないことを明らかにすると、マクリの意思に反することも十分承知のうえで、アンジェリッシ会長は自らビアンチに電話をかけた。ビアンチも、アンジェリッシの真摯な姿勢を評価し、話を聞きたいと返答。事情通のボカの番記者は、ツイッターで「どうやらビアンチが昼寝から起きて来そうな気配だ!」と呟いた。

 この後、2人は3度にわたって会合を行ない、クラブの現状や今後のプラン、契約の細かい内容についてじっくり話し合った。そして見事に、本当に見事に、誰も予想していなかったビアンチの復帰が実現することになったのである。

 就任会見の日、ボンボネーラのスタンドの一部が解放され、ピッチに挨拶に出るビアンチの姿を一目見ようと数千人のファンが集まった。「お帰りなさい、総督」と書かれた横断幕が掲げられ、ボケンセたちは大合唱で名将を歓迎した。

 過去、ボカに9つのタイトルをもたらしたビアンチ総督。このあとリケルメと会い、復帰を促すことになっているが、例えリケルメが戻って来なくとも、ボケンセたちはビアンチのチームに大きな希望と期待を抱いている。

 ホリデーシーズン終了後の1月5日から、新生ボカは夏期キャンプを開始する。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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