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【コラム】海外通信員

イタリア新星 エル・シャーラウィ ミランの救世主 小さなファラオ

[ 2012年10月20日 06:00 ]

低迷するチームで孤軍奮闘するACミランのFWエル・シャーラウィ
Photo By AP

 赤い悪魔(ミランの愛称)が我が家で呪いの魔法をかけられ、開幕からゼロ行進。82年ぶりのホーム開幕2連敗の不名誉にチャンピオンズリーグを含むサンシーロ・スタジアムで285分間無得点。その呪いを解いたのは19歳のFWエル・シャーラウィ。エジプト人の父とイタリア人の母を持つ彼の愛称は”小さなファラオ”だ。

 ミランは開幕から1カ月も経過した9月26日のセリエA第5節のボローニャ戦でやっとホーム初得点&初勝利を手にした。必死にチームのアイデンティティを取り戻そうとするアッレグリ監督にとって、2得点を挙げた小さなファラオは煌々と輝いて見えたに違いない。

 今夏、イングランドとの親善試合でイタリア代表にもデビューした新星は試合後、「アッレグリ監督に捧げる勝利だ。僕らは監督と共にいる」 と指揮官更迭の声を一蹴した。だが、この日のスタジアムは有料入場者数4240人、年間パス23675人を含めても3万人にも満たず閑古鳥が鳴いていた。 まさに彼は砂漠の中で君臨していた。

 西リヴィエラのリゾートの中心となっているサヴォーナ。エル・シャーラウィは海洋都市ジェノバから列車で約1時間のこの街で生まれ、サッカー人生を歩み始めた。ACミラン、レアル、ローマなどで活躍した元イタリア代表DFのパヌッチを生んだ街としても有名だが、激情型のDFとは異なり、温厚で礼儀正しい。独特の鶏冠ヘアースタイルがトレードマーク。今時のイタリアの若者っぽく、親近感もある。1メートル78、72キロとまだ華奢だが、その体には才能がいっぱい詰まっている。

 2008年に16歳の若さでジェノアでクラブ最年少記録となるセリエAデビュー。その後、セリエBのパドヴァに武者修行に出されたが25試合7得点の活躍がミランの目に留まり、2011年夏にビッグクラブへ移籍した。ミランのユース時代のディオニージ・ドナーティ監督は「彼は1年で132ゴールも決めている。6歳の時には、一人で試合に勝ち、、10歳の頃にはセリエAでも見ることができない高等なテクニックを披露していた。私は32年間の監督業の中でこんな選手を見たことがない」とエル・シャーラウィの資質を語る。

 今季のミランはセリエA第7節終了時、2勝1分け4敗の11位と低迷。世界に誇るスター選手たちはクラブの緊縮財政の為に放出され銀河系ミランは解体した。黄金時代を支えたネスタ、ガットゥーゾ、インザーギ、 セードルフらの重鎮もそろって退団。さらに圧倒的存在感でチームを牽引してきた攻守の要、イブラヒモヴィッチとチアーゴ・シウバを失ったミランは求心力を失い、昨季大活躍したボアテングやノチェリーノらのMF陣も輝きを失っている。クラブ、選手、ファンの周囲には衰退の雰囲気が蔓延している。得点者はエル・シャーラウィの4得点とパッツィーニの3得点でFW陣2人のみ。しかもパッツィーニの3得点はボローニャ戦で挙げた八ットトリックの1試合のみでその他のゲームは冴えない試合が続く。

 凋落のチームで、まだ20歳にも満たない若者がミラン攻撃陣で孤軍奮闘し、開幕から低空飛行のチームに希望をもたらしているのだ。小さなファラオは、強運の持ち主でもある。開幕前にイブラヒモヴィッチとカッサーノが退団。ロビーニョとパトが開幕から故障で不在。昨季の5番手FWは不動のスタメンに固定され、尻上がりに調子を上げ、10日間で公式戦4戦連弾の5発。その中には、父サブリ、アウェー初観戦の母ルチーア、兄のマヌエルと家族総出で応援に駆け付けたチャンピオンズリーグのゼニト戦での一発もある。3-2で激戦を制し、エル・シャーラウィは「最後まで苦しんだ厳しい一戦だったけど、勝つことができてとても満足している。ダービー(インテル 戦)に向け、士気や自信につながるとても重要な勝利となった。これは始まりにすぎない」と喜んだ。

 その後のインテル戦ではマッチアップした日本代表DF長友に抑え込まれたが評価は下がることなく、12日と16日のW杯欧州予選のアルメニアとデンマーク戦にインテルFWカッサーノを押しのけて代表招集されている。彼のテクニックとひらめきは一級品。トリッキーなボールコントロールとロケットのような加速で、左サイドを主戦場にしてエリア外からドリブ ルで相手の最終ラインに仕掛けてくるプレースタイル。それ以上に献身的なチームプレーも光る。必要とあらばサイドバックの守備まで戻り汗かき役に徹する場 面も見られる。ゼニト戦はUEFAが試合後に発表した記録で、エル・シャーライは1試合で12・11キロを走り、ゼニトMFシラコフに次ぐ2番目の運動量を示していた。

 ”ウクライナの槍”と称されミランで2度のセリエA得点王に輝いたシェフチェンコ氏は「スピードとテクニックがあり、ゴールの奪い方を心得ている。ミランの再生の中心選手に相応しい」と太鼓判を押した。足りないのは今のところ経験だけだろう。今後もミランでポジションを確保しコンスタントな活躍を続けることがで きれば、ヨーロッパ中のビッグクラブが欲しがるカンピオーネになるに違いない。2014年ブラジルW杯でイタリア代表としてプレーすることが彼の夢である。(下妻宏=イタリア通信員)

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