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【コラム】海外通信員

「停電」が照らしたもの

[ 2012年10月11日 06:00 ]

 10月3日、アルゼンチン北部のチャコ州レシステンシア市において開催される予定だったアルゼンチン対ブラジルの親善試合は、「停電のため中止」という予想外の結果に終わった。両チームの選手たちがピッチに登場し、国歌斉唱のために並んだところで照明機器の不具合が発覚。キックオフ予定時刻から1時間経っても照明の一部が復旧せず、中止の決断が下されたという。

 この試合は、南米サッカー連盟が主催する「スーペルクラシコ・デ・ラス・アメリカス」(アメリカ大陸スーペルクラシコ)の2012年度版第2戦。第1戦は9月19日にブラジルのゴイアニア市で行われ、ブラジルがアルゼンチンに2-1の逆転勝利をおさめていた。

 ともに国内組のメンバーで構成されたチームとなっているが、メッシやイグアインのような主力が不在のアルゼンチンとは異なり、ブラジルの場合はネイマールやルイス・ファビアーノといったスター選手たちが勢揃い。しかし、スタジアムに詰め掛けた2万人のファンは、彼らがウォーミングアップする姿を薄暗い中で眺めただけで終わってしまったというわけだ。

 当然、ブラジルメディアは即反応した。スポーツ紙LANCEは「事前からわかっていた悲劇」とし、チャコ州知事が大統領派の一味である事実を取り上げ、政治的な策略からインフラが不十分な地方都市に無理やり会場を持って行ったことを非難。大衆誌Vejaは、「みんなのためのサッカー」というスローガンのもと、政府によってリーグ放送権が買い取られ、各クラブが自由に利益を得られない非建築的な環境を作ってしまっているアルゼンチンサッカー界の問題を取り上げ、現地まで取材に行った記者やフォトグラファーも、ホテルのレベルと数が不十分であることや、ホスピタリティの乏しさを厳しく指摘した。いずれの意見も、残念ながらごもっともである。

 会場となったエスタディオ・センテナリオは、独立革命201周年を記念して昨年できあがったばかりの新しいスタジアム。収容人数は2万5千人と小さいが、今回問題となった照明設備のみならず、高速無線LAN配備でも最新の技術を誇っていた。暗く、回線がなかなかつながらないピッチで愚痴をこぼしながら撮影することに慣れているこの国のフォトグラファーたちにとっては、「とりあえず安心して仕事ができるスタジアム」であるはずだった。

 ところが今回、自慢の技術面で大きな問題が発生し、必死の復旧作業の甲斐もなく、解決できないまま中止に追い込まれたことは、アルゼンチンサッカー協会と政府にとって、拭い去ることのできない汚点となった。「アルゼンチン対ブラジル戦は停電のため中止」というニュースが世界中に配信され、ブラジルメディアから酷評されれば、前述のような評判は一瞬にして消え去ってしまう。協会と政府は、意地でも同じスタジアムでビッグイベントを開催して汚名返上を図りたいところだろうが、そんな姿勢に対し、アルゼンチン国民から冷ややかな視線が注がれることは間違いない。

 というのも、現在アルゼンチンでは、国内の産業と国財を守るという名目で、尋常ではない輸入規制や外貨購入制限が実施されており、簡単に、そしてやや大げさに表現すれば「鎖国」のような状態にある。日に日にグローバル化する21世紀の地球上でなぜか孤島と化す国に対し、一般市民や企業の不満は募るばかりなのだ。そんな中、政府によるプロパガンダの一環となるはずだった試合が停電で中止となったことに、アルゼンチン人たちは「『みんなのためのサッカー』はどこに行った?」とシニカルに笑い飛ばしている。

 昨年アルゼンチンで開催されたコパ・アメリカでは、メディア関係者を狙った盗難が相次いだものの、協会や政府はその事実について一切触れなかった。だが、テレビカメラの前で起きた今回のハプニングは隠そうにも隠せない。停電は、政府の言いなりになるしかないアルゼンチンサッカー界の問題点を明るく照らしてみせたのだった。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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