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【コラム】海外通信員

悲しみのC・ロナウド、欠けているのはピッチ上の笑顔だけ

[ 2012年9月6日 06:00 ]

レアル・マドリードのC・ロナウド
Photo By AP

 2日のリーガエスパニョーラ第3節、本拠地サンチャゴ・ベルナベウでのグラナダ戦を3-0で制し、リーグ戦では今季初勝利を飾ったレアル・マドリード。試合の主役はもちろん、2ゴールを記録して同クラブでの通算得点記録を150ゴールの大台に乗せたFWクリスティアーノ・ロナウドだ。だが、当の本人の様子がおかしい。ゴール後、ボディビルダーのように太ももを指差しもしなければ、親指を口にくわえることもなかった。そして試合後、ミックスゾーンに現れた際に発した言葉が、スペイン中の話題をさらっている。「悲しみを感じている。幸せじゃない。クラブはそれを分かっている」。理由を口にすることなく、心情だけを吐露したのだ。

 その発言から数日が経過し、スペイン国内では様々な理由が挙げられ始めた。以下に羅列してみる。

1)チーム内での立場の低さ

 2シーズン前のスペイン国王杯決勝、昨季のリーガ優勝を決定づけたシーズン後半のカンプ・ノウでの一戦、そして今季のスペイン・スーパーカップと、宿敵バルセロナ相手にゴールを記録し、ここ3年のレアルの全タイトル獲得に貢献したC・ロナウド。それにもかかわらず、チームでの確固とした立場を確立しているとは言い難い。

 昨季のリーガ優勝のベルナベウでの祝勝会の選手紹介の際、名前を呼ばれたのは5番目(MFサミ・ケディラとMFカカーの間)。最後に紹介され、トロフィーを持ってピッチに現れたのはGKイケル・カシージャスとDFセルヒオ・ラモスのスペイン人コンビだった。チームのヒエラルキーの中で、最上段にいないことが不満という。

2)チームメートからの不支持

 チームメートからの評価や愛情が感じられないという説。その代表例に挙げられるのが、DFマルセロの“裏切り発言”だ。チーム内でC・ロナウドと最も仲が良いとされていたブラジル代表DFは、バルセロナFWリオネル・メッシを「世界最高の選手」と口にし(後に弁明)、また今年のバロンドールにスペイン代表としてEURO2012を制したカシージャスを推した。

 また信頼関係を築く同胞DFペペが、リーガ開幕節バレンシア戦でのカシージャスとの衝突によって脳震盪を起こして入院した際、C・ロナウド以外の選手が病院を訪れることはなかった。この件によって、C・ロナウドがチーム全体に疑いを持っているとの憶測も流れている。

3)ベルナベウのファンからの冷遇

 C・ロナウドとベルナベウに集まるマドリディスタの関係は、常に愛に包まれているわけでは決してない。昨季の国王杯のバルセロナ戦では、2度の決定機を逃したことで痛烈なブーイングを浴び、今回のケース同様にゴールを祝わなくなったことがある。

 また、先のスペイン・スーパー杯でバルセロナ相手にゴールを決めた際には、名前をコールされることはなかった。ジョゼ・モウリーニョ監督が幾度も不満を漏らしているが、観光客が多いベルナベウはビッグマッチでなければ盛り上がりに欠け、一方で悪いパフォーマンスを見せれば批判を飛ばされる場所だ。C・ロナウドにとっては、モチベーションを削がれる環境なのかもしれない。

4)世界のトップクラスではない年俸

 C・ロナウドがレアルで受け取る年俸は、MFカカーと並んで最高額となる1000万ユーロ。以前であれば紛れもなく世界でもトップクラスの額だが、オイルマネー流入など資本主義化が大きく進んだサッカー界で、事情は大きく変わった。アンジ・マハチカラのFWサミュエル・エトーの2000万ユーロを筆頭に、パリ・サンジェルマン(PSGG)FWズラタン・イブラヒモビッチ(1450万ユーロ)、マンチェスター・ユナイテッドFWウェイン・ルーニー(1350万ユーロ)、マンチェスター・シティMFヤヤ・トゥーレ(1300万ユーロ)、同FWセルヒオ・アグエロ(1250万ユーロ)らに遅れを取り、年俸ランクでは10位付近につけている。

 C・ロナウドとレアルは数カ月前から契約延長交渉を開始しているが、選手の要求額は1600万ユーロとされるものの、フロレンティーノ・ペレス会長にそれを受け入れることはなかった。C・ロナウドは今夏、シティやPSGなどのオファーを断わって代理人ジョルジュ・メンデス氏による契約延長交渉の成り行きを見つめたが、結局クラブと合意するに至らなかった。

5)UEFA最優秀選手賞を失った悲しみ 

 現アンジ幹部であり、元レアルDFのロベルト・カルロスの指摘。受賞するに十分なメリットをつくったにもかかわらず、今年のUEFA欧州最優秀選手賞をバルセロナMFアンドレス・イニエスタに奪われたことが、大きな失望を生んだとされる憶測だ。2)にも当てはまるが、チームメートがメディアを通して、自身の受賞を後押ししなかったことも失望を大きくしたとされる。

 以上の理由を公の場で話すことにおいて、チームメートとの関係不和は意味がなさすぎる。事実であっても、公の場で訴えることは、退団の動機をつくる以外の意味にはなり得ない。退団するにしても、今夏の市場はすでに閉鎖しており、ロシアなど欧州のトップリーグ以外に移籍先が限定される状況だ。そうなれば契約延長の駆け引きという線が強いが、C・ロナウドは後に「金銭の問題ではない」と語り、この可能性も打ち消した。真相は、いまだ闇の中である。

 当たり前だが、C・ロナウドが再度示した自己崇拝は、やはりいただけない。プロサッカーのエンターテイメント性に境界線を引くのは難しいが、彼が公の場で伝えたのは人々を不安にさせるだけの言葉だった(少なくとも僕は、彼の発言を喜ぶ人間になりたくはない)。CR7と呼ばれるサッカー選手は、移籍金9700万ユーロでユナイテッドからレアルに加入し、500万人の失業者を抱えるスペインでスターとして君臨するサッカー選手だ。ピッチ上ではそうでも、その職業は苦悩を売りにするアーティストではない。自身や身内の生死にかかわる問題でないならば、その悲しみはドラマチックなものにはなり得ない。

 C・ロナウドが公に示さなくてならないのは、何よりもプレーなのだ。ここでレアル史上最高のレジェンドであり、現名誉会長のアルフレッド・ディ・ステファノの言葉を。「クリスティアーノは幸せでも悲しくてもゴールを決める。何より意識に置かなくてはならないのは、レアル・マドリードのユニフォームのために戦うことだ」。

 我々が見るべきC・ロナウドに欠けているのは、本来失ってはならないピッチ上の笑顔だけである。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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