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【コラム】海外通信員

「ファイナンシャル・フェアプレー」に苦しむミラン

[ 2012年8月13日 06:00 ]

 日本代表GK川島英嗣がミランに移籍するという噂が流れた5月(結局はスタンダール・リェージュに移籍)、ガッリアーニ副会長への取材を試みたところ、弾みでミランの株主総会を見学する羽目になった。日本総領事館近くのトゥラーティ通りにあるクラブオフィスではなく、スフォルツァ城近くの歴史ある建物。ミランのオーナー、シルビオ・ベルルスコーニが経営する投機会社「フィニンベスト」のオフィスだ。

 株式総会中、記者は別室に集められ、そこからビデオカメラの”中継”で会議を見ることになる。世界最多のタイトル数を標榜(ぼう)する名門クラブであっても、そこはやっぱりイタリア。決算承認の際でも株主からは、感情に任せて流れを読まない質問が飛ぶ。「今季ユーベに水をあけられたことは?ケガ人を多く出した医療スタッフの問題は?アレグリ監督の責任は?」困った表情を浮かべながらも真面目に答えたガッリアーニ副会長は、クラブの2011年の決済についてこう発表した。「2億6680万ユーロの総収入に対し、6730万ユーロの赤字。その損失はフィニンベスト社の資本増強により補てんされた。ベルルスコーニ会長への感謝を改めて申し上げたい」。

 イブラヒモビッチを獲得し、スクデットの奪回に成功した年の決済。相変わらずの赤字体質で、前年度より5%ほど収入がアップしたぐらいでは状況が変わらなかった。今シーズンから査定が開始されるファイナンシャル・フェアプレーのもとでは、4500万ユーロ以上の赤字決済を抱えるとUEFAに登録できなくなるという状況になるが、そこはイタリアの誇る超大金持ちのベルルスコーニ元首相。愛するチームの赤字は自らの出資でばっちり埋め、お隣インテルのように主力の身売りも起らないはず…だと、このときは誰もが普通に信じていたに違いない。

 しかし彼らは、ここから急激なリストラに走った。ガットゥーゾ、インザーギ、ネスタと、ベテランと契約を更新せず彼らは退団。ファンボメルも母国オランダに帰った。それだけではない。一度はパリ・サンジェルマンから届いたチアゴ・シウバ獲得のオファーを蹴りながら、イブラヒモビッチと合わせた超大型のオファーが再度提示されると、あっさりそれを受け入れた。「クラブのレジェンドを夢見た」というチアゴ・シウバからは悲しまれ、イブラヒモビッチからは「オレとチアゴを放出するなんて、これでセリエAは貧弱になるぜ」と恨み言を言われた。かつて「金のために選手を売ることはない(ガッリアーニ)」ことを誇りにしていた名門は、その姿を変えた。

 2人を売却して得た移籍金は6500万ユーロ程だという。これを使えば大型選手の1人か2人はどうにかなりそうなもので、現に3年前、インテルはイブラヒモビッチを売った収入でエトーとスナイダーを買い、最終的に3冠を獲得している。しかし現在までそんな動きはなく、獲得は若手か他のクラブで契約満了を迎えた選手だけに限られている。つまりこの収入を投資に回す意志は彼らにはないのだ。冒頭で上げた2011年の収支を考えれば、これは合点が行く。赤字は6730万ユーロ、その前年も損出額は大体同じだったという。そして彼らの運営費のうち、選手の年俸を含めた人件費は総収入のうちなんと72%にあたる。つまりイブラヒモビッチやチアゴ・シウバを売って同じような戦力を穫ってきたとしても、結局は同様の負債額を残してしまうことになる。体質改善は避けられず、ビッグネームを買っている場合ではなかったのである。レアル・マドリードからカカーのカムバックを(レンタルで)狙っているとの噂だが、それにしたって年間1000万ユーロといわれる年俸のダウンを彼が受け容れないことには始まらない。

 テレビや出版など、多角的に事業を展開するベルルスコーニ家の間で、ミランに入れこむのはもはや父シルビオだけと実しやかに言われている。損出補てんももう頼めないし、経営収入以外で赤字を埋めることはどのみちファイナンシャル・フェアプレーで禁じられる。ただその一方で、オイルマネーを得てじゃぶじゃぶと金を使うクラブも依然あるわけだ。イブラヒモビッチのPSG移籍を実現させ、巨額の手数料を得たであろう代理人のミーノ・ライオラはこう語る。「もうセリエAに大物が来ることはない。それにしても各クラブが資金繰りに困るなら、資産家をもっと参入させればいいだけじゃないか。ファイナンシャル・フェアプレーとか、UEFAのプラティニ会長のやることは共産主義か」それに対してガッリアーニ副会長は力なく答えた。「ああ、彼のいう通りだ」(神尾光臣=イタリア通信員)

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