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【コラム】海外通信員

暗黒の森から脱出したリーベル

[ 2012年6月30日 06:00 ]

 6月24日、アルゼンチンの名門リーベルプレートが2部リーグのチャンピオンに輝き、1部復帰を果たした。「一度落ちるとなかなか這い上がって来ることができない地獄」と言われる2部リーグで、シーズン通して常に上位に君臨し、最後には優勝を果たしてわずか1年で昇格を実現させた偉業は特筆に値する。

 だが、創設以来一度も1部から降格したことがなく、過去にオルテガやクレスポ、アイマールにサビオラといった名選手たちを次々と生み出してきたエリートクラブにとって、2部での戦いは決して楽なものではなかった。全38試合で20勝13分5敗という数字からわかるように、勝てるはずの相手に勝てなかった試合が多く、その度に選手たちもサポーターたちも苦悩の渦に巻き込まれた。苦境を覚悟してチームの指揮をとったマティアス・アルメイダ監督は、試行錯誤を繰り返しながら荒波を乗り越えたが、結局、1シーズンを通じて「理想のチーム」を作り上げるまでには至らなかった。

 かつてはホセ・ペケルマンのもとでユース代表として活躍したフェルナンド・カベナギ、アレハンドロ・ドミンゲス、レオナルド・ポンシオのような実力者たちに、後半からは世界チャンピオンの肩書きを持つダビ・トレゼゲほどの一流選手が加わりながら、なぜそこまで苦戦を強いられたのか。それは、デサンパラードス、パトロナート、ボカ・ウニードス、ギジェルモ・ブラウンなど、いつも1部リーグを見慣れているサッカーファンでさえも普段は名前を耳にすることのない地方の小さなクラブがいずれも、リーベルが相手となると尋常ならない勢いで勝負をかけてきたからだった。

 なにせ、リーベルが降格したことによって国内全土に全試合が生中継されることになった2部リーグである。大金星を多くのサッカーファンの目に焼き付けるべく、どのチームのどの選手たちも120%の力を振り絞って食らいついた。昨年10月、第12節にしてリーベルに2部での初黒星を与えたアルドシビの選手は試合後、「いずれ我が子に『お前の父親はあのリーベルに勝ったことがあるのだよ』と語ってあげることができる」と興奮気味に話していたほどだ。そう、ライバルたちはいずれも、「リーベルに善戦した」という武勇伝を異様なほどに渇求していたのである。

 毎週毎週、アドレナリン全開状態の対戦相手と戦わなければならない状況は耐え難いはずだ。昇格が決まった後、あるリーベルファンが「ワールドカップの準決勝から決勝にかけての緊張感が1年間続いたみたいだった」と率直な心境を話していたが、同様の緊張感と切迫感を選手たちも感じていたのである。

 その証拠に、リーグ戦の最終節でトレゼゲによる2ゴールからアルミランテ・ブラウンを打ち負かして優勝と昇格を決めた瞬間、アルメイダ監督と選手たちが見せた泣き顔は、決して歓喜の表情ではなかった。彼らの目から流れたのは嬉し涙ではなく、やっと解放された暗黒の森の恐怖を物語る涙だったのだ。

 昇格を決めた翌日、アルメイダ監督はスポーツ紙による取材の中でこう語っている。「これからはプレッシャーのない暮らしに慣れないといけないな。毎試合、背中に剣を突きつけられたような気持ちでいたよ。なんといっても我々は(クラブの)110年の歴史を背負わなければならなかったからね。でも(1部復帰を果たした)チームには自分の魂と命の全てが反映されている。このリーベルはまさに、いつでも限界を追求する自分そのものだった。今まで選手として数々のタイトルを勝ち取ったけれど、苦しかった分、今回のタイトルは最も満喫できるものとなった」。

 暗黒の森から脱出成功したリーベルは、来期から大きなハンデを背負って1部に参戦する。降格チームを決める平均勝点ランキングにおいて、最下位の0点からスタートするからだ。来期からは今まであった入れ替え戦がなくなり、平均勝点ランキングの下位3チームがダイレクトに降格することとなっている。今シーズン終了時点で最下位から4番目のチームが1・3ポイント以上持っていることから、リーベルが1部に残留するためには最低でも38試合で勝点50をとらなければならない計算となる。

 クラブ史上初の降格という屈辱と2部リーグで体験した恐怖の余韻を一刻も早く吹き飛ばすべく、リーベルは来季、1部での優勝をめざすしかないと考えるファンは少なくない。ビッグクラブゆえの宿命を背負う状況そのものは変わらないが、次なる目標を達成した日には、選手たちの瞳に歓喜の涙を見ることができるに違いない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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