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【コラム】海外通信員

伝説を作り続けるKING KUN(キング・クン)

[ 2012年5月21日 06:00 ]

インデペンディエンテ所属時、宿敵ラシンからゴールを奪ったアグエロ (C)Photogamma
Photo By スポニチ

 フォトグラファーの夫が撮影した、セルヒオ・クン・アグエロの印象的な写真がある。05年9月11日、アルゼンチンリーグ前期において、インデペンディエンテに所属していたアグエロが宿敵ラシンとのクラシコで素晴らしいゴールを決めた後、チームメイトたちに抱え上げられながら、ガッツポーズをとっているシーンをとらえたものだ。

 そう、あれは後に、インデペンディエンテのファンの間で「伝説」となるゴールだった。宿敵相手に3―0と圧倒的にリードしていた後半37分、自陣でボールを受けたアグエロは、マーカーを振り切ってそのまま相手陣内にドリブルで突進。エリア手前でDFをかわし、エリア内に入ってからも同じDFを2度、3度とフェイントして「踊らせた」あと、ファーポストに向かって冷静にシュートを放った。17歳とは思えないゴール前での余裕とシュート技術の高さに、誰もが驚嘆した瞬間だった。

 写真では、ゴールに喜ぶ選手たちの後方に、サポーターの乱入を防ぐための有刺鉄線や、ペンキが剥がれ落ちたスタンドの壁も見える。いかにもアルゼンチンらしい、退廃したスタジアムを舞台に、宿敵を撃沈して雄叫びをあげる力強い表情。ユニフォームは脱ぎ、手に握り締めている。アンダーシャツに書かれているメッセージは「Para vos Emiliano」(エミリアーノ、君に捧げる)。鍛え上げられた太くたくましい両腕を天に掲げながら、3カ月前に事故死した同期のチームメイトに「伝説」となるゴールを捧げたアグエロ。たった1枚の写真から、クラシコの熱狂、見事なゴールが引き起こした歓喜、一人の若者の死への哀惜、そして新しいスター誕生の予感が感じ取られる。

 先日、アグエロがマンチェスター・シティを44年ぶりのリーグ優勝に導くゴールを決めた瞬間、私はこの写真のことを思い出した。シティー・オブ・マンチェスター・スタジアムにはさすがに有刺鉄線はなく、整備の行き届いたスタンドにもペンキの剥がれなど見られないが、エリア内で冷静に放ったシュートも、ユニフォームを脱いだことで惜しみなく披露された太くたくましい腕も、会場全体が狂喜の渦に飲み込まれる沙汰も、6年8カ月前のあのシーンを彷彿とさせたのだ。

 マンチェスター・シティーでのアグエロの勇姿を、インデペンディエンテ時代の活躍と重ね合わせたのは私だけではなかった。

 アルゼンチンのスポーツ紙「オレ」は、マンチェスター・シティーのリーグ優勝を祝うアグエロの写真を1面に掲載し、そこに「KING KUN」(クン王)という見出しをつけた。「KING KUN」の文字がオレ紙の一面を飾るのは、これが2度目だ。

 05年9月に続き、06年2月26日に行われたリーグ後期での対ラシン戦で、アグエロは後半の9分と12分、わずか3分の間に2ゴールをマークしてチームを勝利に導き、宿敵を奈落の底に突き落とした。前期に続いて後期でも輝いたクラシコの英雄を賛美するため、オレ紙が翌日、ゴールに咆哮するアグエロの写真と一緒に一面に大きく掲載した見出しが「KING KUN」だったのである。

 15歳でプロデビューを果たして話題を呼んだスラム街育ちのストライカーが、全世界中にファンを抱えるプレミア・リーグにおいて劇的なフィナーレを演出することになるとは。マンチェスター・シティーでの決勝ゴールは、インデペンディエンテ時代のアグエロを知る者に、より深い感動を与えてくれた。

 17歳で「Diablo Rojo」(赤い悪魔=インデペンディエンテの愛称)にて伝説を作ったあと、23歳で今度は「Red Devils」(赤い悪魔=マンチェスター・ユナイテッドの愛称)を陥れる伝説のゴールを決めたアグエロ。彼のストライカーとしての底力がはっきりと証明された今、今後さらに「KING KUN」の見出しが掲載される日が訪れるような気がしてならない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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