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【コラム】海外通信員

存在感を失ったテベス

[ 2011年10月14日 06:00 ]

2週間の謹慎後、練習グランドに現れたテべス
Photo By AP

 10月7日、ワールドカップ南米予選がスタートした。先のコパ・アメリカでは、ホスト国でありながら準々決勝で姿を消し、国民の期待を大いに裏切った形となったアルゼンチンは、アレハンドロ・サベーラ新監督を迎え、予選の初戦となった対チリ戦で4-1と圧勝。イグアインがハットトリックを達成したうえ、サベーラ監督からキャプテンの大役を任されたメッシは期待通りのプレーでチームを引っ張り、自らも代表の公式戦で16試合ぶりとなった得点をマーク。タイムアップの瞬間、スタンドからはメッシ・コールが巻き起こり、選手たちは大歓声を送るスタンドのファンに満面の笑顔で手を振って応えた。

 だがそこに、つい4カ月前までアルゼンチン国民から「代表チームに不可欠」と絶大な支持を受け、コパ・アメリカではメッシよりも大きな歓声を贈られていたカルロス・テベスはいなかった。姿がなかっただけではない。快勝に酔うサポーターたちも、ミックスゾーンで必死に選手たちのコメントを取ろうとする記者たちも、誰も彼のことを考えてさえいなかった。「不在であることに気づかなかった」と表現したほうがいいかも知れない。それくらい、存在感を失ってしまっていたのである。

 テベスは去る9月27日、チャンピオンズ・リーグのバイエルン戦で控え要員として出場し、ロベルト・マンチーニ監督の指示に背いてプレーを拒否したとし、所属するマンチェスター・シティから6週間もの出場停止処分を下された。練習に参加することも禁じられたため、母国アルゼンチンに戻り、家族と一緒に「臨時休暇」を過ごしている。

 ところが、そんな様子がメディアに取り上げられることはほとんどなかった。テベスがアルゼンチンに帰国中であることさえニュースにならず、地方の街でゴルフに興じる短い映像がかろうじてテレビで流れされた程度に留まった。

 マンチーニ監督の怒りを買ったといえど、アルゼンチンのサッカーファンまでもがテベスを見放したわけではなく、好かれている事実に変わりはない。にもかかわらず、全くと言って良いほど話題にならず、ほとんど忘れられた状態になってしまったのはなぜなのか。これにはいくつかの理由がある。

 まずは、先のコパ・アメリカで見せた乏しいパフォーマンス。しばらく代表に招集されていなかったテベスは、コパ直前に合流したものの、最後までチームのプレーに溶け込むことができずに足を引っ張ったばかりか、準々決勝のウルグアイ戦では、勝敗を決めるPK戦で失敗。全くいいところがないまま、結果的に約半年間も自分を不必要と扱ったバティスタ前監督に正当性を与えることになってしまったのである。

 また、マンチェスター・シティでの出番が減ったことも大きく影響している。アルゼンチンのサッカーファンにとって、最も重要なのは国内リーグであり、自分が応援するクラブから海外に移籍してしまった選手の情報をどこまでも追い続けることは滅多にない。もしテベスが今シーズンも開幕早々からシティで活躍していれば、その様子がアルゼンチンのメディアでも取り上げられ、欧州でも健在であるところをファンに印象付けられるのだが、それができなかった。試合に出なければ、ニュースにはならない。ニュースにならなければ、ファンの大半はアルゼンチンのリーグ戦しか観ないため、どんどん影が薄くなって行く。

 さらに、新生アルゼンチンの前線は、メッシ、イグアイン、ディマリアのトリオによって固められ、シティで活躍中のアグエロでさえ控えに回されるほど結果を残している。コパで揮わず、試合にも出られない状態が続いているテベスの代表入りを求める声が上がらないのは、当然の結果ともいえよう。

 自分のアパレルブランド「TVZ32」を発表し、ドキュメンタリー映画も公開されようとしていた矢先に、テベスは影の薄い存在となってしまった。どんな試合でも全力を尽くし、劣勢になっても諦めない熱いハートがアルゼンチン国民から愛されてきたストライカーはまだ27歳。世界中のサッカーファンから完全に忘れられてしまうには、まだまだ早すぎる。一刻も早くクラブとの問題を解決させ、もう一度ピッチの中であの屈託のない笑顔を見せてもらいたい。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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