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【コラム】海外通信員

金力が勝つか、貧乏人の逆襲か!?どうなるレオのパリSG スリル満点のフランス

[ 2011年8月21日 06:00 ]

パリSGのSD(スポーツ・ディレクター)就任会見時のレオナルド
Photo By AP

 フランスに7月、おどけたテレビCMが出現した。

 宇宙飛行中のスペースシャトル内で、2人のロシア男が浮遊しながら大喜びしている。そこへ隣室からフランス男が浮遊しながら入って来て、「どうしたんだい?」。ロシア男が嬉しそうに答える。「8月6日がこのボリスの誕生日なんだよお!」。フランス男は「そうかい8月6日…」と言いかけて「あっ!」と叫び、突然必死の形相で装備を身につけると、扉を開けて宇宙空間に飛び出してしまう。わけがわからず絶叫するロシア人。だがフランス男は四肢をばたつかせながら青い地球をめざし、懸命に帰国しようとする。そこに優しい女性の声が響く。「8月6日、リーグアンがもうすぐ開幕します」…。

 その8月6日、ブンデスリーガと並んで開幕したリーグアンは、異例づくめとなった。
まず開幕日の「ミュルチプレックス」(8試合同時中継)を放映した有料テレビ局カナル・プリュスが、昨季を50万人も上回る150万人の視聴者を獲得。翌7日の番組「カナル・フットボール・クラブ」(1試合+分析+トーク)も130万人と、記録的視聴率をあげた。

 しかも開幕戦のスコアレスドローは皆無で、10試合のゴール総数は31に達した。これはフランスでは1982~83年シーズン以来の歴史的快挙。同じ日に開幕したブンデスリーガの9試合23ゴールをも遥かに上回った。

 盛り上がりの背景にあるのは、もちろん新PSGの存在だ。

 カタール王室の投資ファンドに買収され、レオナルドがSDに就任したパリSGは、すでにひと夏で8120万ユーロ(約89億円)と、目が眩むような額を投資。パストーレの獲得だけでも4200万ユーロ(約46億円)をポンと払っている。これはフランスサッカー史上最大額であるばかりか、世界中でも今夏2番目の巨額。現王者リールの年間予算が7500万ユーロだから、PSGのひと夏のお買い物はリールを丸ごと買ってもおつりが来る値段だ。また、松井大輔が入団したディジョンの年間予算が2000万ユーロだから、PSGはパストーレたった一人のために、ディジョンを丸ごと2回以上買い取れる額を投入したことになる。

 当然、フランスの茶の間という茶の間、カフェというカフェは、この話題でもちきりになった。パリファンは巨大な夢に胸を膨らませ、パリは開幕前に優勝候補にのし上がった。

 しかし…である。そう簡単にいかないところもフランスの魅力。持ち前の批判精神が脳を刺激したのか、フランス人は直ちに陶酔状態から抜け出した。

 「ガメイロ、メネーズ、ネネと前線のタレントは魅力的だが、みな個人技タイプ。これでコレクティブに機能するのか?」

 「バカだな、そこを司令塔のパストーレが組み立てるんだよ」

 「ふん、本当にすごい選手かどうか怪しいぞ。だいたいCL経験もなく、昨季も数ゴールのパストーレに4200万ユーロなんて、異常すぎる!」

 「コンブアレが可哀想だな。突然ガラガラ変わり、好不調もバラバラの新加入を押しつけられたうえ、準備も遅れて、挙句に数試合でクビじゃひどすぎる」

 「過度の競争も出てしまったぞ。お蔭で選手たちは心理的に不安定になってる」
…と茶の間とカフェはまたまた議論で盛り上がることになった。

 恒例の優勝候補予想でも分裂が生まれた。リーグアン関係者の投票で決まり、合計ではパリが優勝候補に輝いたが、内訳をみると、選手たちが圧倒的にパリ優勝を予想したのに対し、監督たちの多くはマルセイユ優勝を予想した。

 そして開幕日、「やっぱり」と呟いたフランス人は多かったに違いない。歯車の合わないPSGは、ロリアンのコレクティブなパスサッカーに太刀うちできず、無残に敗北(0-1)。サインしたばかりのパストーレが華々しく紹介されたのも束の間、パルク・デ・プランスは早くもブーイングに満たされてしまった。13日の第2節レンヌ戦ではぐんとよくなったものの、やはり勝利はできなかった(1-1)。

 このためコンブアレ監督もレオナルドも、目が血走ってきた。コンブアレ監督など12日の記者会見で、「今後一人でもジャーナリストが私の去就について質問したら、その時点で私は会見場を出てゆく」と宣言した。9月からプレーするパストーレの正体にも、大注目が集まっているところだ。

 一方、パリ以外の19チームは、みな「打倒パリ」に燃え始めている。このためレキップ紙は、「ブルジョアをひざまずかせようとする、ほとんど階級闘争」と表現、読者を密かに喜ばせた。

 笑ってはいけない。フランス人はこれが大好きなのだから。それはほとんどフランス人の元気のモト。貧乏と蔑まれようがケチと貶されようが、札束で頬をはたくような輩は嫌い(カタールにはちょっぴり感謝しているが)、純粋スポーツ力で金力を倒すのを美学とする。とにかく弱者が強者をくじくのが好き。地方人が高慢パリジャン(本当は人間くさいのだが)をギャフンと言わせるのも、大好きなのである。

 リヨンが王座から転落して以来サスペンス劇場(ボルドー、マルセイユ、リールと王者が交代)と化しているリーグアンは、よって今季、さらなるスリルを提供してくれそうだ。金力が勝つか、貧乏人の逆襲なるか。…今季の大きな魅力である。(パリ通信員=結城麻里)

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