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【コラム】海外通信員

日本への思い

[ 2011年4月20日 06:00 ]

 この1カ月間ほど、私のところにアルゼンチンのメディアからの問い合わせが連日殺到したのは初めてだった。

 東日本大震災が起きた翌日、アルゼンチンのスポーツ紙に「日本、コパ・アメリカ辞退の可能性も」という記事が掲載された。もちろん、私はその見出しを見た瞬間、記事の内容の真偽のほどを疑った。国全体がまだ震災のショックに包まれ、関東地区でも交通機関がマヒしている状態で、日本サッカー協会の幹部が7月開催のコパ・アメリカの参加についての話し合いなどしているわけがない。

 記事を読んでみると、浦和レッズのエスクデロ選手の談話として、「とにかく今は復興を考えることが第一になるので、たぶんコパの参加も無理ではないか」という内容の個人的な見解が書かれていた。それがなぜ「辞退の可能性も」という見出しになるのか。誤解を招くようなタイトルもいい加減にしてもらいたいとひとりで小言を呟いていたところへ、早速国内の有力紙の記者から電話がかかって来た。

 「日本代表はコパに来ないのか?」

 はっきりした情報はないが、今の日本の状況を見ていると、コパについての話し合いがあったとは思えない―――私は結局、ラジオやテレビ番組を含むメディア数社に対して、録音されたメッセージを読むかのように同じ返答をした。 

 それから約2日後、02年のワールドカップでアルゼンチンのメディア関係者のべースタウンとなったいわき市が津波の被害に遭ったことがわかると、再び各社から電話がかかり続けた。こちらでは当初、被災地が「ミヤギ」としか報道されなかったため、スポーツ記者たちは、まさか福島県いわき市にも真黒な波が押し寄せたとは思いもしなかったようだった。

 記者たちの多くは、自分たちが宿泊したホテルや、滞在期間中ほぼ毎日お世話になったという駅前のイタリアンレストランのことを知りたがっていた。私はネットの様々なツールを駆使して情報をかき集め、仕事どころではない状況に陥った。

 だがその後、福島での原発事故が深刻な状態になるや、メディア関係者はJヴィレッジ周辺の状態を知るべく、それまで以上に執拗なほど連絡を取るようになった。避難地区に指定されたJヴィレッジがまず地震でどれくらいの被害を受けたのか、被爆の影響はどの程度なのか、原発から正確にどれくらい離れているのか。私はこれらの質問に答えるべく、2本のラジオ番組に出演しなければならなくなった。日本にいるスペイン語圏の記者にも話を聞きつつ、実際に02年ワールドカップ当時、Jヴィレッジに取材にあたった日本人から現状を語ってもらいたかったのだそうだ。

 地震から3週間ほど経ち、それまでは酷くセンセーショナルだったアルゼンチンの報道姿勢もやや落ち着き、私のところへの問い合わせもようやくおさまってきた頃、飛びこんで来たのが「日本、コパ・アメリカ辞退」のニュースだった。

 日本サッカー協会の小倉会長が南米サッカー連盟本部の所在地であるパラグアイに出向き、辞退の意思を伝えたという情報が流れたまでは良かったのだが、アルゼンチンのメディアは立つ続けに「辞退の理由がよくわからない」と聞いて来るではないか。

 「Jリーグの日程がずれたために国内の選手を召集できない事情はわかるが、では欧州の選手は最初から来ないことになっていたのか?」

 彼らは(実は私も)、招待国である日本にとって、コパ・アメリカを理由にクラブ側に選手の貸し出しを義務付ける資格がないことを知らなかったのである。電話でさんざんやり取りして正しい情報を伝えた挙句、翌日にはアルゼンチンサッカー協会のグロンドーナ会長が出場の再考を促し、小倉会長が出場の方向で話し合いを進めると語り、結果的には「欧州の選手たちを出場させられるのであれば」という条件で参加することが決定。私も、ようやく仕事に専念できるようになった。

 一時は着信拒否も考えた電話の応酬だったが、今回改めて思い知ったことがある。それは、アルゼンチンの人々の、日本に対する敬意の深さだ。問い合わせの電話をかけてきた記者たちは、皆が二言目には「日本のように高貴で謙虚な国にこのような悲劇が起きたことが信じられない」と漏らし、「でも日本人ならば必ず立ち直れる」と確信をもって言っていた。ボカ・ジュニオルスからは「次の試合で日本を応援するメッセージが書かれたボードを出すので、ぜひ日本の皆さんに伝えてもらいたい」という連絡をもらった。地球の真裏の人々までが、こんなにも日本に思いを馳せているのだ。

 コパ・アメリカでは、日本代表の選手たちに、アルゼンチンの人々のそんな思いを少しでも感じ取っていただき、それを日本に持ち帰ってもらいたいと願っている。形にならない、目に見えないものだが、それが物質以上の価値を持ったものであることに間違いはない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員) 

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