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【コラム】海外通信員

スペイン“第3のクラブ”アトレチコ・マドリードの新たな挑戦

[ 2011年4月14日 06:00 ]

ゴールを決めて喜ぶアトレチコ・マドリードのFWフォルラン
Photo By AP=共同

 レアル・マドリード、バルセロナの2強と、その他のチームの戦力格差が懸念されて久しいリーガエスパニョーラで、現在大きな動きを見せているのがアトレチコ・マドリードだ。アルゼンチン代表FWセルヒオ・アグエロ、ウルグアイ代表FWディエゴ・フォルランという前線の2枚看板をはじめ、下部組織出身のU-21スペイン代表GKダビド・デ・ヘアら各ポジションにスター選手を抱えながらも、強いチーム相手には勝利し、下位チーム相手に取りこぼすという“お得意”の乱調によって順調に歩を進めることができないでいたロヒ・ブランコ(アトレチコの愛称)。しかし、グローバル戦略やスタジアム、練習場の移転計画などを推し進めることで、欧州、さらには世界で認められるビッグクラブとなることを目指しているようだ。今回は“スペイン第3のクラブ”と称されるアトレチコの2強に迫るための試みを紹介しよう。

 アトレチコが推し進めている計画として、まず挙げられるのは他国のクラブと業務提携を結ぶというグローバル戦略だ。アトレチコは2009年11月に中国の上海申花と提携を結んだのを皮切りに、2010年10月にタイのムアントン・ユナイテッド、翌月にUAEのアル・アインと、他国のクラブとの絆をつくってきた。この業務提携によって、アトレチコは商業面でのパートナー契約や広告契約を結び、さらに下部カテゴリーの選手の下部組織への入団も容易に行うことができる。アトレチコの経営コンサルタントはアル・アインとの提携の際に「これ以上、我々のファン、スペイン企業に協力を要求することは不可能だ。レアル、バルセロナの2強との競争を目指すなら、他国からの後援を探さなくてはならない」と、業務提携の有益性を強調している。この業務提携先は2011年以降に一気に増える見込みで、今後アフリカ、イギリス、アメリカ、メキシコ、ブラジル、オセアニア、そして日本のクラブとつながることを目指しているとされている。

 次に、アトレチコはスタジアム、練習場の移転計画にもすでに着手している。2016年夏季五輪の招致計画の目玉とされていた競技場ラ・ペイネタの所有権を得ているアトレチコは、2014~15シーズンからの使用をめどに3月25日から改修工事をスタートさせた(スタジアム移転には反対の声もあったものの、陸上用トラック廃止が決定するなどして現在は沈静化)。5万4851人を収容する現在の本拠地ビセンテ・カルデロンに対し、ラ・ペイネタは7万人を収容予定。VIPゾーン、販売・飲食サービス、スポンサー広告の拡大によって、1年間で約1500万ユーロの増収が見込まれている。またビセンテ・カルデロンが立つ土地の売却価格が約2億7600万ユーロ、ラ・ペイネタの建設費用が約1億9400万ユーロということで、その恩恵も受けられる。一方、マドリード郊外のマハダオンダにある練習場を、さらに南に位置するアルコルコンに移す計画も着々と進んでいるようで、ミゲル・アンヘル・ヒル・マリン理事長は「土地の所有者が、どのタイミングでクラブに明け渡すかに依存するが、今年中に本格的に取り掛かれるだろう」とコメントしている。

 アトレチコは以上の計画の他、韓国の自動車メーカーであるKIAとの年間500万ユーロでのユニフォーム胸スポンサー契約を今季限りで解消するにあたり、年間800万ユーロを支払える企業(トルコ航空が有力)を探すなど、増収のための積極的な動きを見せている。

 アトレチコのこれらの計画は、チーム強化にもつながっていく。今季、チャンピオンズリーグ出場圏内の4位以上に入ることがほぼ不可能となり、ヨーロッパリーグ出場権獲得を第一目標とすることを与儀なくされたアトレチコは、来季から大幅なチーム改革に打って出る模様だ。アトレチコ首脳陣はアグエロやデ・ヘアといった将来が嘱望されるスター選手をチームの柱とし、その他の選手はコストがかからない下部組織出身選手でまかなうという。またアグエロ、デ・ヘアに続くスター選手として、マンチェスター・シティのスペイン代表MFダビド・シルバ獲得に動くとも報じられた。これはレアルのフロレンティーノ・ペレス会長が第1次政権の際に目指した大物スター選手と下部組織出身選手を両立させる政策“ジダネス&パボネス”を連想させる。さらに、退任が確実視されているキケ・サンチェス・フローレス監督の後釜には、バルセロナBを率いて好結果を収めているルイス・エンリケ監督ら、下部組織出身選手の扱いに慣れている指揮官がリストアップされているようだ。

 エンリケ・セレソ会長は言う。「アトレチコは選手を売却していくことで成り立っているクラブではない。選手やファン、皆がアトレチコに愛情を感じながら歩み続けているんだ」。その言葉通り、アトレチコのファンは1999~00シーズンに2部降格の憂き目に遭うなどしても、クラブを見放すことなく、支え続けてきた。他クラブへの移籍が常に取り沙汰されるアグエロも、1月に契約を延長した際に「アトレチコにいたいから2014年まで契約を延長した。僕はここにいたい」と、クラブへの愛情をアピールした。アトレチコのソシオ数は今季ここまでで約5万8000人と過去最高を記録しており、シーズン終了時には6万人に到達すると見られている。深刻な不況の中でも、結果を出せなくても、アトレチコは選手、ファンから愛され続けている。これこそが“スペイン第3のクラブ”と称されるゆえんだ。

 もちろん、宿敵レアルのような国際的なクラブとは逆に、地域密着型を地で行っていたアトレチコの今後の向かう先を懸念する見方もある。特に、クラブの財政を顧みない経営を行った故ヘスス・ヒル前会長の息子であるヒル・マリン理事長への退任要求の声は、日に日に強まっている。しかしヒル・マリン理事長を含めたクラブ首脳陣は、勝利、そして優勝以上にファンを満足させる術はないとし、そのための舵を切った。

 アトレチコがクラブのプロモーション用に製作したコマーシャルで、子供の「パパ、僕たちはどうしてアトレチコなの?」という問いに父親が何も答えられず黙り込むというものがあった。昨季のヨーロッパリーグ制覇の際、ある新聞は「パパ、今は僕たちがどうしてアトレチコなのか知っているよ」という見出しを打ったが、クラブはこれまで支えてきたファンに、それ以上の報いを与えられるのか。アトレチコの新たな挑戦は、始まったばかりだ。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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