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【コラム】海外通信員

エデンの北

[ 2011年3月11日 06:00 ]

 フランドル文化の香り漂う北の街リールで、ムール・マリニエール(ムール貝の白ワイン煮)、ビール、ゴーフルを堪能し、郊外に向かって高速に乗ると、左手に巨大な建設現場が姿を現してくる。

 グラン・スタッド・リール・メトロポールだ。

 そこでは650人の労働者が働き、来年7月のオープンに向け急ピッチの作業が進められている。スタジアムの形もおおよそ出現し、あとは自慢の屋根を待つばかりだ。

 現在のスタッド・リール・メトロポールが1万8000人しか収容できないのに対し、グラン・スタッドは5万人。大雪や大雨でデコボコになるピッチが選手泣かせの“名物”だったが、グラン・スタッドは一転、フランス初の開閉式スタジアムになる。これまでは基準を満たしていなかったため、チャンピオンズリーグに出場しても、パリ郊外のスタッド・ド・フランスを借りねばならなかったLOSC(リール)だが、ピカピカのグラン・スタッドがオープンすれば、堂々ホーム試合を戦えるようになる。ついでに言えば、わずかな記者席で寒風に凍えてきたわれわれも、ついに報われる日が来そうである。

 このグラン・スタッド建設に合わせるかのように、LOSCはここ数年、スポーツ面でも着実な発展を遂げてきた。

 すでにしばらく前から、7連続王者だったリヨンに次々と逸材を送りこんでいたのが、他ならぬこのLOSC。ミシェル・セイドゥー会長がリヨンの副会長と兄弟であるため、何かとパイプが太いのだが、LOSCなしにリヨンの栄光は守れなかったかもしれない。
またLOSC自身も、毎年のようにリーグアン上位に進出。昨シーズンも、秋冬に突然ブレイクすると、あっという間にリーグアン首位に立った。若さと経験不足から最後に失速したものの、絶大なる得点力で多くのオブザーバーを驚かせたものだった。

 そして今シーズン、いよいよそのLOSCが、全てを揃え始めた。グラン・スタッド以外のほぼ全てを揃えたと言っても、過言ではないだろう。それがなぜかは、以下のポイントを見れば、わかっていただけるはずだ。

 ≪フランスのバルサ≫

 最大の武器でもあり、最大の魅力でもあるのが、攻撃的プレースタイル。人々は「フランスのバルサ」と表現する。得点力断トツだった昨シーズンに続き、今シーズンも第26節で45得点とトップ(2位は44得点のリヨン)。この攻撃的スタイルに軍配を上げたい一心で、リール優勝を望む人も多くなってきている。

 ≪攻撃の多彩さ≫

 「どこからでもゴールできる」。これがリールにたむけられる賛辞だ。その秘訣は、攻撃の多彩さにある。フランスでは下からビルドアップしてゆく攻撃をアタック・プラセと呼ぶが、このアタック・プラセで流麗パスワークからゴールにもっていくこともできるし、一転、カウンターで弾丸のように飛び出すこともできるし、プレースキックとセットプレーからのゴールも決められる。

 ≪エデン≫

 キーマンはエデン・アザールだ。ジダンを見て育った神童だが、ジダンタイプの司令塔というより、スピード、テクニック、パワーを兼ね備えたドリブルで左サイドから突破、崩して、揺さぶり、仕掛ける。4ゴール6アシスト(第26節時点)と数字にはあまり現れないが、彼の働きから攻撃の起点をつくる場面が多く、その意味でコレクティブ。同時に個の打開力に優れ、3月6日のマルセイユ戦のように35メートルの遠距離から決める技ももつ。ジダンのレアル、ヴェンゲルのアーセナルなど数多のビッグクラブの垂涎の的だが、LOSCは2015年までの契約延長に成功。本人も、育ての親LOSCのために、自分の手でグラン・スタッドのオープンを飾りたいと語っている。

 ≪カウンター≫

 エデンの逆、右サイドを猛スピードで疾駆するのが、ジェルヴィーニョ。当然ながら、カウンターに威力を発揮する。昨シーズンよりやや効率は落ちているが、それでも11ゴール6アシスト(同時点)を誇る。

 ≪天からの贈り物≫

 レンヌをフリーで追われ、タダで獲得したのがムサ・ソウ。17ゴールを叩き込み、リーグアン得点王レース1位に君臨する(同時点)。高さのあるセンターフォワードを求めていたチームにぴったりはまり、スピード、パワー、打点の高いヘッドを武器に決めまくる。

 ≪プレースキック≫

 それでもLOSCの攻撃部品リストは終わらない。カバイユが華麗なFKから決められるからだ。攻守の間を繋ぐルレイヤーとなり、長短のパスにも威力を発揮して5アシスト。ときにミドルでも襲いかかる。

 ≪奪取王≫
 攻撃的ボランチのカバイユをぴったり補完するのが、こわもてのバルモン。パワフルにボールを奪取するや、周囲に好パスを散らす。アザールの35メートル大砲をおぜん立てしたのも、バルモンだった。

 ≪キャプテンマヴバ≫
 アフリカからフランスに向かう海の上で生まれたマヴバが、若くしてフランス代表入りした頃は、実に可愛いものだった。それがいまや風格漂う大リーダーに成長、LOSCに欠かせないキャプテンとなった。インテリジェンスとプレーバランスは最高級で、第26節では彼の働きで中盤底を絶対支配、マルセイユに攻撃の糸口すら与えなかった。このため日頃厳しいレキップ紙も、マヴバに最高の「8」を謹呈。カバイユ、バルモン、マヴバの中盤トリオは、「黄金トリオ」とも呼ばれている。

 ≪守備力≫
 厳しすぎる地元記者は「唯一の懸念が守備」などと言うが、とんでもない。失点の少なさはリヨンと並ぶ3位だ(同時点)。ドビュッシーはフランスリーグ屈指の右SBに成長し、代表CBにも定着したラミは、高さと安定とリーダーシップを発揮して守備を統率する。好調ならプレースキックにも挑戦、ゴールもできる。蛇足ながら、ラミは同性愛雑誌の投票でトップに躍り出たほど(本人の意思とは無縁だが)の美貌で、苦労人のため性格も最高。スーツ姿のラミは必見だ。

 ≪経験≫
 そして最後の砦を守るのは、リーグアン500試合を突破したランドロー。20歳からキャプテンマークを巻き、PKストッパーとして鳴らした彼は、LOSCに巨大な経験力をもたらしている。

 ≪決めるベンチ≫
 そのうえ恐ろしいのがベンチ力。フロー、デメロらが投入されるたびにゴールを決め、LOSCのベンチ要員はリーグアン最多のゴール数を誇っている。

 ≪団結力≫
 しかもLOSCは、昨シーズンのメンバーをほとんど維持したうえ、今シーズンもパリSGに次ぐ42試合(同時点)をこなしているため、団結力が断トツだ。

 ≪ガルシア哲学≫
 さらにルディ・ガルシア監督の哲学がきっぱりしている。アタッカーだったガルシア監督は、チームの持ち味である攻撃的スタイルを断固堅持し、バランスのとれたグループ管理に成功。冷徹な采配も光り、評価は急上昇中だ。

 ≪リアリズム≫
 そしてとうとうビッグチームを撃沈した。今シーズンのLOSCはビッグチームに勝てないとされてきたが、王者マルセイユを敵地で粉砕、自信とリアリズムを獲得した。

 いよいよ佳境に突入したリーグアンは、上位5クラブが激しく凌ぎを削る。そのなかで、全てを揃え始めたLOSCは、首位を守り続けている。果たして今シーズンも最後に降下してしまうのか、それとも昨シーズンの轍を踏まずに3位以内に残るのか。

 いずれにせよLOSCには、発展のダイナミズムが生まれている。

 もしかすると来シーズンは、グラン・スタッド・リール・メトロポールで、エデン・アザールを先頭にチャンピオンズリーグを戦っている可能性だって、大いにある。そのうえ来年5月の大統領選挙で、リールのマルティーヌ・オブリ市長がフランス初の女性大統領に(?!)・・・なんてことになれば(いまのところ可能性は低いがけっしてゼロでもない)、エデンの北は、いやはや、お祭り騒ぎになることだろう。(結城麻里=パリ通信員)

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