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【コラム】海外通信員

W杯招致惨敗の母国

[ 2011年1月2日 06:00 ]

W杯を胸に抱いて喜ぶカタール招致トップのアルサニ氏(左)
Photo By AP

 イングランドの夢がまた一つ崩れ去った。52年ぶりの2018年W杯招致開催に向け、「サッカーの母国」では過去数カ月間、このニュースで持ちきりだった。最有力候補として世界中から注目を集めていたイングランドだったが、12月2日にチューリヒ(スイス)で行われたFIFA理事会で集めた票数はたった2票で、初回投票で真っ先に脱落してしまった。2018年がロシア、2022年がカタールとなり、ともに初開催で、政治・経済面においての「陰の力」が結果に大きく左右した形になった。

 今や世界屈指の資金力を誇るプレミアリーグを抱え、2012年夏季五輪招致により、インフラも最高レベルのイングランド。当日の演説者も、来年4月の結婚を発表したばかりのウィリアム王子をはじめ、キャメロン英首相、国の顔で元イングランド代表主将のベッカムなど、豪華メンバーを前面に押し立て、「集客力と200億円の利益」を強調した。しかし、蓋を開けてみれば、ロシアが9票、スペイン・ポルトガル共催が7票、オランダ・ベルギー共催が4票、そしてイングランドは2票だった。同国に票を入れたのは、投票権を持つイングランドの理事と、日本協会会長の小倉氏だけだった。

 小倉氏も語った通り、10月17日付の英紙サンデータイムズが報じた「2人のFIFA幹部による汚職事件」と、それに拍車をかけるように英TV局BBCが投票日の3日前に報じた「3人のFIFA幹部による不正疑惑」が、イングランドの投票に大きく悪影響を及ぼした。前者は、おとり取材でW杯開催国決定の投票権を持つ2人のFIFA役員、アダム氏(ナイジェリア)とテマリ氏(タヒチ)に関する「投票の買収」という汚職事件を報道し、両名は罰金処分とともに、長期免停処分に科された。これがFIFA幹部らの心証を害したとされる。

 一方、「FIFA’s Dirty Secret(=FIFAの汚れた秘密)」と題されたBBCの番組「パノラマ」が告発した内容は、現南米サッカー連盟会長のレオス氏(パラグアイ)、ブラジルサッカー連盟会長のテイシェイラ氏、FIFA副会長の一人でアフリカ諸国を束ねるハヤトゥ氏らが、W杯と利害関係にある欧州民間企業から、賄賂を受け取ったとするものだ。同番組によると、スポーツマーケティング会社の「インターナショナル・スポーツ&レジャー(ISL)」(=同社は2001年に破綻)が、1989~99年の間に175回にわたり、3氏に賄賂を渡したとされ、その総額は1億ドル(90億円)にも上るという。

 また同番組は、もう一人の副会長ワーナー氏(トリニダード・トバゴ)についても、2006年、2010年本大会のチケットを闇市場に流して大金を取得した証拠となる「Eメールと領収書」を紹介。ワーナー氏はイングランドに票を投じると見られていただけに、一連の報道のタイミングにはイングランド招致委員会も失望の色を隠せなかった。これらの報道を受け、投票直前のFIFA役員会議では、FIFA会長のブラッター氏が、「最近のメディアの害悪も考えて投票するように…」と呼び掛けたとされている。

 イングランドW杯招致委員会理事のアンソン氏は、「投票直前のFIFA批判報道は大きなマイナス要素になる」と、投票の変化を懸念していたが、嘆いた通りの結果になってしまった。同氏は惨敗後、「イングランドは嫌われた国になってしまった」と嘆き、「この先8年間を、悪名高い英メディアとともに過ごしたくない」と漏らした役員がいたことも明かした。当の英メディアの様子も見苦しいものとなった。大衆紙には「八百長」、「買収のW杯」などという見出しが躍り、「投票は仕組まれていた」といった怒りの報道が渦巻いた。

 告発報道で苦戦を予想する声はあったものの、ベッカムらの招致活動で投票当日には形勢逆転を伝える報道が相次ぎ、国民の間でも招致への期待が大きく膨らんでいた。イングランドはFIFA視察団による調査報告書で高い評価を受け、収益力調査でも最下位ロシアの86%を圧倒する100%の評価を得ていた。当初はブラッター会長も、「あすにでも開催できる有力候補」と漏らしていたが、イングランドは2年間の招致活動に投入した1500万ポンド(約20億円)を、たった1カ月半で水の泡にしてしまった。

 一方、W杯と五輪が密接な関係にあることも、裏付けられた形となった。ブラジルは2014年W杯と2016年夏季五輪を続けて催し、ロシアも2014年冬季五輪に続き、2018年W杯を開催する。2022年のW杯がカタールに決まった事で、同国が2020年夏季五輪の有力候補になったとの見方も強い。先の話だが、2026年はアメリカ、100周年を迎える2030年は第1回W杯開催国のウルグアイが有力とすでに報じられている。イングランドは日本とともに、2034年以降に持ち越しとなる。

 ブラッター会長が、「今回の投票には満足。我々は新天地へ向かう」と述べた通り、FIFAは南アフリカ、ブラジルに続き、またしても大会運営に不慣れと見られる新興国の開催を選んだ。ロシアは東欧で初、カタールは中東、イスラム圏で初となった。世界を驚かせた2つの選挙結果には、W杯未踏の地を減らすFIFAの旺盛な開拓精神が表れたが、一方で未知のリスクを引き受けた格好となった。(藤井重隆=ロンドン通信員)

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