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【コラム】海外通信員

アルゼンチン放送事情 国内リーグより欧州のリーグが人気

[ 2017年12月29日 06:00 ]

コパ・スダメリカーナ決勝 フラメンゴ(ブラジル)を下し優勝したインデペンディエンテ(アルゼンチン)
Photo By AP

 先日、リーガ・エスパニョーラでレアル・マドリッド対バルセロナのエル・クラシコが行なわれた時のこと。うちの上階に住む小学生の男児サンティアゴ、通称タティが、バルセロナの得点が決まる度に大きな声で「ゴール!」と叫んで喜んでいたのが聞こえてきた。

 アルゼンチンでも今のバルセロナは人気のクラブである。リオネル・メッシの影響以外に、ペップ・グアルディオラがバルセロナの監督に就任する前、アルゼンチンにやって来て、マルセロ・ビエルサと指導に関するノウハウについて一晩中語り合ったというエピソードなどから、なんとなく近しくて友好的な印象のあるクラブだからだ。もちろん、アルゼンチンのサッカーファンが好むプレースタイルを貫いていることも多分に関係している。

 だが、タティの歓喜の声を聞きながら不思議に思ったことがあった。この子は確か、サッカーにあまり興味がなかったはず。ボカ・ジュニオルスの大ファンである父親は、タティが生まれた時「息子もボケンセ(ボカのファン)に!」と張り切っていたものの、そんな夢は儚く散り、幼稚園に入ってもタティはサッカーに全然興味を示さないと聞いていた。

 一体タティに何があったのか…と考えながら、ブラジル在住のアルゼンチン人の知り合いがちょっと前にツイッターで呟いていた内容を思い出した。ブラジルでもアルゼンチンでも、国内リーグより欧州のリーグ戦の方が断然見やすい環境にあることを指摘していたのだ。

 アルゼンチンでは、昨シーズンまで8年間にわたり、国内の1部リーグ全試合が地上波で無料で配信されていた。これは前政府が「フットボール・パラ・トドス」(みんなのためのフットボール、通称FTP)の名のもと、放映権買収と番組制作費に多額の資金を注ぎ込んで実現させていたものだ。

 全ての試合がただで視聴できる環境は確かにありがたかったが、貧困層の人々が年々増加し、債務を抱えて赤字状態の国がサッカーのために巨額の予算を費やすのは誰がどう考えてもおかしい。そこで現在のマウリシオ・マクリ大統領によってFTPは終了し、今シーズンから1部リーグの放映権は民間企業に売却され、「スーペルリーガ・アルヘンティーナ」という名称で生まれ変わり、視聴のためには月額の「スーペルリーガ観戦パック」を別料金で支払う仕組みになった。料金は地域や会社によって若干異なるが、平均して550アルゼンチンペソ(約3800円)とかなり高めの設定だ。

 その一方で、リーガ・エスパニョーラやプレミアリーグ、セリエA、ブンデスリーガといった欧州のリーグ戦の主要カードは、ケーブルテレビの基本料金で視聴できるようになっている。アルゼンチンの一般家庭ではケーブルテレビが普及しているため、ほとんどの家で欧州のリーグ戦が観られる環境がすでに整っていると考えて良い。

 ほんの十数年前まではケーブルテレビも今ほど普及しておらず、欧州のリーグ戦を簡単に観ることはできなかった。そのうち現在のようにリーガやプレミアリーグの試合が手軽に観られるようになっても、国内リーグ視聴が「地上波で無料」となったことで、サッカー好きは断然国内リーグを選んでいた。昔からサッカー人気がクラブ愛によって支えられているアルゼンチンでは今でも、スペインのエル・クラシコが映し出されているテレビに背を向けて国内リーグの話に没頭することなど至極当たり前の光景だ。

 ところが現在は、スーペルリーガの試合を観ることができなくても、欧州のリーグ戦は視聴できる家庭が断然多い。このような環境下において、タティのような子どもたち=アルゼンチンのリーグより欧州のリーグに興味を持つ子どもたちがどんどん増えていくことは十分ありうる。

 公園でサッカーに興じる子どもたちを見ていると、バルセロナやレアル・マドリッド、マンチェスター・シティ、ユベントスにバイエルンといったユニフォームが目につく。そんな現状に、母国のサッカーを愛してやまない人たちからは「嘆かわしい」という声も聞かれるが、スーペルリーガより欧州のリーグの方が簡単に視聴できる以上、子どもたちが普段よく見ている選手に感化され、毎週観ることのできるチームに愛着を感じるようになっていくのは仕方のないことなのかもしれない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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