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FC岐阜で出会ったブラジルサッカーのエリート生

 7月の初め日本に一時帰国したとき、FC岐阜の練習を見にいった。2人のブラジル人選手がいて、そのうちの1人と話しをして大変驚いた。ブラジルの名門クラブ、ミナス・ジェライス州のクルゼイロ出身の選手だったのだ。

 ブラジルサッカーの底力はなんといっても選手層の厚さだが、育成に関しても大中小のクラブがしのぎを削って良い選手を集めて育てている。育成部の体制で有名なのはカカーやカジミーロなどを輩出したサンパウロ、リオならフルミネンセ、南部のインテルナシオナル、グレミオなどに加え、ミナス・ジェライス州のクルゼイロも外せない。

 クルゼイロは日本にはなじみが少ないかもしれないが、ブラジルではリベルタドーレス杯で優勝もしている名門クラブの一つである。バルセロナやインテル、レアル・マドリードで活躍したロナウドがプレーしたクラブとしても有名だ。ホームスタジアムは、2014年W杯でブラジルがドイツに負けた”ミネイロンの悲劇”の舞台であるミネイロン・スタジアム。かつては13万人収容のメガスタジアムが完成したのは1965年。エンジニアたちは、64年の東京五輪でスタジアムを見学し最新技術を持ち帰り、ミネイロン建設に役立てたという逸話もある。マラカナンスタジアムがブラジルサッカーの聖地と言われるが、ミネイロンもまたブラジルの誇りである。

 そして、クルゼイロが敬意を集める理由にブラジルで初めてトレーニングセンターというコンセプトをもたらしたパイオニア的存在ということだ。トッカ・ダ・ハポーザと呼ばれるトレーニングセンターは1973年に建設された。

 ブラジルサッカー連盟がリオ州に代表チーム専用の合宿所を建設するまで、ここがW杯や五輪の事前合宿所として使用された歴史もある。2002年にはトッカ・ダ・ハポーザ2が建設され、1は育成部専用のトレーニングセンターになっている。東京ドーム1.5個分の面積に、4面のサッカーコート、200人の育成選手が収容できる寮があり、選手達が授業を受けられる教室も併設されている。クラブハウス、プール、ジム、食堂、オーディオルームがあり、医療(歯科)、栄養管理、ソーシャルワーカーの専門家が専属でつく体制を完備しているのは、ブラジルでもトップクラブだけだ。

 そんな恵まれた環境に14歳から7年間いたのがFC岐阜のオフェンシブハーフのクリスチャン・アレックスだ。

 ロナウジーニョやネイマールと同じく、幼少期からフットサルを始め、高度なテクニックでリオ州チャンピオンになった。その後フィールドサッカーに移行し、13歳でクルゼイロと対戦した時にスカウトの目に留まり入団テストを受け、見事、競争を勝ち抜き育成部に入ったという。育成部は、いったん入団が許可されたからといって安心できるものではなく、生き残り続けることは至難の技だ。なぜなら、ブラジル中に張り巡らされたスカウトマンが常にテスト生としてライバルを送り込んでくるからだ。さらには、規律を守らなかったり、学業がおろそかになれば、指導が入り、それでも改善されなければクビだ。

 テクニック、スピードを武器にそして学業も決しておろそかにしなかったクリスチャンは生き残った。

 「多くの仲間達がクビになるのを見てきた」と言う。

 クリスチャン・アレックスは2010年、16歳でユース世代のクラブW杯ともいわれる国際大会であるダラスカップのU−19カテゴリーで優勝している。U−19のスーパークラスはプロになる一歩手前の精鋭たちが世界から集結し、過去にベッカムも出場したことがある。ちなみに、2010年は欧州からはチェルシー、トッテナムなど、日本からはU−19日本代表が出場していた

 国内タイトルを取ることもブラジルの場合至難の技だ。柔道で言うなら全日本で勝つことが難しいように。2010年、カンピオナート・ブラジレイロU−20でクルゼイロは、パルメイラス、コリンチャンス、インテル、フラメンゴ、ヴァスコなどライバルが出場する中、頂点に立った。

 もう一つ特筆すべきは、彼はブラジル中から100近いクラブが参戦する新人登竜門のコッパ・サンパウロ・デ・ジュニオーレスに17歳から3大会に出場した経験がある。ネイマールはこの大会に15歳で出場したことで話題になったが、クリスチャン・アレックスの場合も17歳でクルゼイロのメンバーとして出場していることは決して簡単なことではないのだ。

 育成世代のブラジル代表のプレ招集にもかかったことがあり、当時のクルゼイロ育成部のコーディネーターをしていたマルセロ・ヴィリェナは「クリスチャン・アレックスは、非常に才能豊かな青年だった。テクニック、スピード、ドリブルと個の力が非常に高かった」と言う。

 ブラジルの名門クラブの育成部は選手育成に関して、投資と位置付けている。さらには、現在は教育的観点から、人間育成、学業の支援にも力を入れ、名門クラブの育成部でみっちり仕込まれた選手は、技術はもちろんのこと、戦術理解、試合の読み、フィジカル、学業、成績、素行、規律、人間性と全てにおいて合格点を取らない者は、切り捨てられる対象となる。

 ブラジルサッカーは欧州と比べて戦術が手薄という印象を持たれているかもしれないが、現在の育成部に置ける戦術教育は徹底して行われている。

 「クルゼイロでは、まずは、教室で監督が理論を、ビデオを見せながら説明する。実際の試合を例にとることもある。2段階目は説明を受けたことを実際にフィールドでやってみる。3段階目は、再び教室に戻り、自分たちのやったことが正しかったか間違ったかの確認をする。4段階目は監督が合格点を出すまで実践を繰り返す」(クリスチャン・アレックス)

 何年も親元から離れサッカー漬けの生活をしても、13歳で入団して、育成部最高年齢の20歳までいられる選手は、おそらく13歳のチームメイトのうち5人くらいだろう。もちろん、中には優秀すぎて、若年で海外クラブに移籍したり、17歳でプロチームに引き上げられる子もいる。

 しかし、バルサでもカンテラ出身だからといってみんながトップチームでプレーできないものだ。どれだけクラブが投資して丹精込めて育成しても、プロチームには、さまざまな年齢、様々な背景を持つ強者どもが集まり(現在は南米から)、しのぎを削る。プロチームの監督の哲学や、戦術、好み、クラブの経営状況、リーグでの戦況などで、育成部上がりの選手に出場の機会が回ってくるかは、神のみぞ知る領域なのだ。ほとんどの選手は他のクラブにレンタルされ、いつの日か自分の育ったクラブのユニフォームを再び着ることを夢見る。が、現実は厳しく、なかなか夢は実現しない。

 クリスチャン・アレックスの場合も7年間生き残りはしたが、トップチームでチャンスはもらえず、タイのチームにレンタルされることになった。その後、ポルトガル2部のマリッチモ、リトアニア、そして、FC岐阜に今季からやってきた。

 リオ州の田舎の農場で父は運転手、母は事務員として働いている。13歳で息子を何百キロも離れた街に一人で送り出してから、ずっと息子を応援し、試合の度に神に祈っている。

 「僕にとってサッカーは人生そのもの。神様からもらったボールの才能に感謝して、ピッチに立つ度に心からの喜びを感じる。サッカーを愛している」(クリスチャン・アレックス)

 クリスチャン・アレックス、あなたは、もう十分に準備をしてきた。

 「クルゼイロの育成部に入っていなかったらどんな人生になったか想像もつかない」

 クルゼイロはあなたを立派な人間に育ててくれた。あとは、力を発揮するだけだ。選手人生は短い。プロになってからの結果こそが、サッカー選手の勲章なのだから。クルゼイレンセ(クルゼイロの人)、ブラジレイロ(ブラジル人)の誇りを忘れるな。

 そして、クルゼイロほどのビッグクラブのユニフォームを着てプレーするということはユース世代であろうとも大きなプレッシャーが常についてくるものだ。だからこそ、彼は「プレッシャーをかけられることには慣れている」と言う。FC岐阜のサポーターは、どうか彼の尻を叩いて火をつけて欲しい。(大野美夏=サンパウロ通信員)

[ 2017年7月24日 05:30 ]

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