×

【コラム】海外通信員

ブラジルにおけるカズ世代のノーブリス・オブリージュ

[ 2017年3月31日 06:10 ]

 50歳の誕生日を迎えたカズが現役Jリーガーを続けているというのは快挙としか言いようがない。いくらサッカーが好きだと言っても、この年まで体力気力を維持するなど並大抵の精神力ではあり得ない。

 カズが来た35年前のブラジルといえば大都会以外は未開の地に等しいところがたくさんあった。人々の教育レベルも決して高くはなく、ましてや、サッカー選手といえば、高度な教育を持たない者が一攫千金を目指すブラジリアンドリームの典型的職業だった。もちろん、一流レベルの選手は、努力して人生の経験を積み、頭脳も伴っていたからこそ成功した人たちだが、キャリアをこれから始めるような若手の選手の中には荒くれ者もいれば、ずる賢い者、野性的な者、まともな家庭教育を受けられない人などモラルの違いなどに驚いたことも多かっただろう。

 恵まれた日本で育った15歳の少年が、日本人には想像できないような生き馬の目を抜くような厳しい世界に飛び込み、生き抜いて、外国人というハンデを持ちながらプロ選手となり成功したことは、とても現代における海外リーグに挑戦する若者と同じ物差しで比べられないほどの苦労だろう。

 50歳になってもなお現役を続ける彼に、挑戦者スピリットは今でも生き続けているに違いない。

 ブランドを作ることもできるし、カズの名声を使えばいくらでもビジネスはできる。タレントにだって簡単になれる。しかし、彼はピッチに立ち続けることで、サッカーでまだ自分ができることをファンに、後輩たちに見せている。

 『ノーブリス・オブリージュ』という言葉がある。身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観だ。

 模索を続けているブラジルサッカーだが、カズ世代にはそんな意識を持った人々がたくさんいる。ブラジルにおいてセレソン(代表)、クラッキ(名プレーヤー)に人々は格別のリスペクトを持つが、中でもW杯優勝者たちには特別の賞賛が向けられる。

 94年W杯優勝者たちは、社会的責任を自らに課して実践している人たちだ。ライーはレオナルドとともに財団を創設して、リオとサンパウロの貧しい地区にコミュニティセンターを作り、スポーツ、勉強、技術修得、情操教育の機会を20年に渡って提供して、これまでに数千人に子供たちを世に送り出している。名前だけ貸すような片手間などではなく、ブラジル有数のNGOに成長させ、最近では、リオのファヴェーラのカジュー地区に日産がスポンサーになり4階建ての施設を建設して、さらに多くの子供たち、地域の人々を受け入れ、少しでもブラジルの未来が良くなるように働きかけている。

 ベベットは州議会議員、ロマーリオは国会議員。ロマーリオは、現役時代は練習嫌いの遊び人という悪童路線だったのが、今ではこの汚職天国のブラジルにおいて、数少ない国民の信頼を勝ち得ている人物になった。ドゥンガも、地元で財団を作り社会活動をしているのだが、いかんせん代表監督の不甲斐なさの印象が強すぎる…。

 ドゥンガとともにダブルボランチを組んだマウロ・シルヴァ(ラ・コルーニャの英雄的プレーヤー)は、現在サンパウロ州サッカー協会の強化部担当副会長を務める。ブラジルは、各州のサッカー協会の自治が強いが、経済No.1都市のサンパウロの役割は大きい。CBF(ブラジルサッカー連盟)の会長がFIFA汚職事件の容疑がかかっているため海外に出られないというお粗末ぶりな一方で、サンパウロ州協会はこれまで長きに渡って停滞していた内部事情を改善すべく60人以上を解雇し、サッカー界以外から、マーケティングのプロ、広報のプロ、ジャーナリズムのプロ、ファイナンスのプロなど精鋭を集め、やる気と専門知識を持ったプロ集団が改革をしようと動き出している。マウロ自身は、小さなことからコツコツと自分の足で回って、サンパウロサッカー界、ひいてはブラジルサッカーが少しでも良くなるために必死に働いている。

 ライーはこう言った。

 「僕がサッカーで得たもの、名声を自分の家族だけの特権にするなんて宝の持ち腐れだ。何かを社会にお返ししたい」

 マウロの妻の輝美さん(日系2世)は、「マウロは州協会で働き出してからというもの、あれもこれもやらなければということが次々と出てきて、早くうちに帰ってこられないわね(笑)。でも、彼は自分が今持っているものは全部サッカーで得たものだから、今度はサッカーに恩返ししたい、それが自分の果たす責任だと言っているの」と言う。

 現役プレーヤーのカズ、テトラカンペオンたち(94年W杯優勝者)は我々にノーブリス・オブリージュとは何かを見せてくれている。(大野美夏=サンパウロ通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る