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ブラインドサッカー川村怜“主将の覚悟”ハリルJに負けじ、俺たちも日本代表

[ 2017年11月29日 09:14 ]

ブラジル相手に果敢に攻め込む川村(提供・日本ブラインドサッカー協会)
Photo By スポニチ

 2020年東京パラリンピックまで、29日でちょうどあと1000日となった。まさかの予選敗退で前回のリオデジャネイロ大会出場を逃したブラインドサッカー日本代表の川村怜主将(28)は、今から指折り数えて雪辱の時を待っている。試金石となる来年の世界選手権出場を懸けたアジア選手権は来月9日にマレーシアで開幕。ハリルジャパンに負けじともう一つの日本代表を引っ張る男の心意気に迫った。

 〜A代表夢見た少年時代、視野の問題で断念…〜
 リオ大会の出場を逃した後、新生日本代表はそれまでの守備重視から一転、攻撃的なチームに生まれ変わった。いかに相手の陣地でボールを持って攻めるか。中心的な役割を担うのが川村だ。初めて代表に選出された13年3月のブラジル戦でいきなり代表初ゴールを叩き込んだ決定力はチーム随一。「まずパスの精度、トラップの精度を上げて、しっかりシュートまでつなげていくこと。そして最後にどれだけバリエーションを持ってシュートを打ち分けられるか」。自身の活躍がチームの勝敗を左右する重圧を感じながら、28歳の主将は毎日先頭に立ってピッチを走り回っている。

 5歳の時に「ぶどう膜炎」を患った影響で視力が落ちた。弱視の状態になったが、周囲の理解もあって普段の生活で障がいを感じることはほとんどなかった。その頃からサッカーが大好きで、東大阪市の加納小に入学すると同時に少年サッカーチームに参加。将来の日本代表を夢見るようになった。しかし、盾津東中では悩んだ末にサッカーを諦め、陸上部に入った。視野が狭いためにヘディングが難しく、フルコートだと全部が見渡せないのが理由だった。日新高でもやはり陸上部へ。そして「鍼灸(しんきゅう)マッサージの資格を取るために」進んだ筑波技術大で、再びサッカーと巡り合うことになった。

 〜来月9日からアジア選手権、腕試し世界切符必ず〜
 進学してしばらくたった頃だった。「フルのサッカーは難しいけど、フットサルならできるかも」と何げなくフットサル・サークルの練習を見学していた時、ふと隣のコートが目に入った。同じミニゲームなのに、なぜか全員がアイマスクをつけている。「何も見えないはずなのに普通にドリブルをして、普通に相手をかわしてゴールを決めている。もう衝撃でしたね」。ボールの中の鈴の音を頼りにプレーするブラインドサッカーのことを知ったのは、その時が初めてだった。

 さっそく筑波技術大の学生やOBが中心になって活動している「FCアヴァンツァーレつくば」の門を叩いたが、最初のうちは「怖くて何もできなかった」という。当時はまだ弱視だったので、アイマスクをつけた真っ暗な状態で相手の激しいチェックを受けるのは恐怖以外の何ものでもなかった。なかなか覚悟を決められず、09年には一度ピッチから離れた時期もあった。「サッカーは好きだけど、ケガをするのは嫌だな」。中途半端な気持ちのまま半年間が過ぎた同年12月、アジア選手権決勝で日本が中国に完敗したのを見てやっと腹が決まった。「僕よりはるかに上の選手たちでも中国には歯が立たない。よし、いつか絶対に中国を倒してやるぞと闘志に火がつきました」

 12年頃からはほとんど視力がなくなり、13年にはまったく見えない全盲と診断された。だが、不安との戦いに勝ったストライカーにもはや迷いはなかった。同3月のブラジル戦でついに代表デビューを飾ると、見事に名刺代わりの初ゴールを決め、名実ともに日本のエースに上り詰めた。

 リオの予選後、新生日本代表の主将に指名された。「20年に結果を出すためにはその前に世界のトップ4以上の力をつけていないとダメです。まず来年の世界選手権である程度の結果を残したい」。アジア選手権で宿敵・中国を倒し、来年の世界選手権でトップ4、そして20年東京で表彰台へ。夢ロード実現の鍵はこの男が握っている。

 【背景】
 「ぶどう膜炎」は目の中に炎症を起こす病気で、目の中の透明な前房と硝子体に炎症性細胞が浸潤し、急に視力が低下する。左右の目に同時に起こることも多く、痛みや充血を伴う。原因はさまざまで、根治治療は困難だ。

 川村は5歳で両目に「ぶどう膜炎」を患い、さらに7歳の時に公園での転倒が原因で網膜剥離も起こし、弱視の状態になった。

 周囲のサポートもあって子供の頃はあまり不便を感じることはなかったが、画数が多い漢字などは「ぐちゃぐちゃに見えて読みづらい」ため、国語は大の苦手だった。そこで日新高では英語科を選択。「漢字と違ってアルファベットと数字は認識しやすかったので選びました。おかげで英語と数学は得意でしたよ」

 【支援】
 川村は現在、アクサ生命保険に勤務している。アクサ生命は「競技を通じてさまざまな人が当たり前にまざり合う社会の実現」を理念に掲げ、06年からブラインドサッカーの普及・認知向上活動を支援している。

 13年に入社した川村は人事部に所属し、鍼灸師の免許を生かしてセラピストとして社員を対象にマッサージ業務を行っていた。一般社員と同じで勤務時間はフルタイム。平日の朝晩と週末の練習を掛け持ちするのは「正直きつかった」という。

 そんな頑張り屋を会社もサポートし、今年4月には広報部に異動させるなど、よりサッカーに専念できる環境を整えてくれた。「支援してくれる会社に恩返ししたい」の気持ちも大きなモチベーションになっている。

 【競技】
 パラリンピックのブラインドサッカー(全盲クラス)はフィールドプレーヤー(FP)4人とGK(視覚障がいのない者または弱視者)の5人で戦う。FPは視力の差を公平にするために全員アイマスクを着用し、ボールの中の鈴の音を聞きながらドリブルやパスで相手陣内に攻め込む。ボールが両サイドを割らないようにサイドラインには特設の壁が設置され、ゴール裏の「ガイド」とサイドの「監督」は、味方にゴールの位置や距離、角度などを声で伝えることが認められている。ピッチのサイズは40メートル×20メートル。ゴールは縦2・14メートル×横3・66メートル。試合時間は前後半各20分。

 【現状】
 北京、ロンドン、リオと3大会連続でパラリンピック出場を逃した日本は、東京では開催国枠での出場が決まっており、前GKコーチの高田敏志氏を監督に迎えて強化を図っている。来月のアジア選手権は今後の方向性を見極める上でも重要な大会で、参加7カ国中の上位3カ国には来年6月の世界選手権(スペイン・マドリード)出場権が与えられることになっている。

 現在世界ランク8位の日本代表には公式戦初選出となる元JリーガーのGK榎本達也も参加。前回大会優勝でリオ銀のイラン(世界6位)、前回2位でリオ4位の中国(同3位)、そして韓国(同10位)などがライバルとなる。アジアの強豪に攻撃的サッカーがどこまで通用するか注目だ。

 【略歴】
 ☆生まれ 1989年(平元)2月13日、大阪府東大阪市
 ☆サイズ 1メートル69、63キロ
 ☆趣味 お笑い観賞
 ☆Jリーグ 7歳の時に初めて観戦して以来、中山雅史(当時磐田)の大ファン。2年前に1度対面し「普段はがむしゃらでもゴール前では冷静に。もう一人の自分が俯瞰(ふかん)してコントロールし、力が入るところも抑制できるメンタリティーが大切」との金言をもらった

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