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人ごとではない「心肺停止の人」 勝ち点3以上に“大切なもの”

[ 2016年4月30日 09:30 ]

 どんなに話題になろうと、まるで人ごとのように思っていた。「心肺停止の人」を、この目で見るまでは。

 今月、あるマラソン大会に取材へ行った時のこと。大会本部の建物の裏に、人だかりができていた。輪の端からうかがうと、男性が担架の上に寝かされている。まさに今その瞬間、心肺が停止していた。直後、AED(自動体外式除細動器)が運ばれ、胸に電極パッドが貼られた。後々聞けば、男性はマラソン大会の参加者ではなかったという。けれど、大会のために用意されたAEDと医療従事者が、たまたま出合わせた男性の命を救う手助けをした。

 4月5日付けのスポニチ本紙コラムで、Jリーグの村井満チェマン(56)が3月27日ナビスコ杯1次リーグ第2節・甲府―大宮戦での出来事を取り上げていた。バックスタンドで観戦中の女性が心肺停止となり、AED救護ボランティアの素早い使用により病院で意識を取り戻した、という事例だった。スタジアムへのAED常設は、14年からルール化されている。しかし「機器以上に大事なものは、そうしたものを確実に使いこなせる態勢づくりであり、最終的には人的資源をいかに持つかに関わってくる」と書かれていた。

 まさにその態勢を甲府で築き上げた先駆者が、松田潔さん(56=日本医科大武蔵小杉病院副院長)だ。クラブがJ1に昇格した06年、「山梨で1点に1万人以上の人が集まる機会はなかなかない」とAEDボランティアの設置を発案した。当時は山梨県立中央病院救命救急センターの医師。数年前、一人が観戦中に亡くなっていた。「安全管理はどうなっているのか」。亡くなった子の親が発した言葉が心に残っていた。医療資格保持者などを集め、4人でボランティアをスタート。今は60人にまで増えた。

 「サポーターの一人の命は、勝ち点3以上にクラブにとって大切なもの」と松田医師は言う。そして「蘇生を行うまでに3分時間がかかると、意識は二度と戻ってこない」とも。例えAEDが目の前にあったとしても、躊躇なく迅速に使用できる人がいなければ、命は尽きてしまう。甲府の事例を機に、JリーグはAED体制の確認を各クラブや実行委員会に投げかけた。「現実的には“十分な”配備はされていない。これをきっかけに、各クラブが考えてほしい」と松田医師も言う。マラソン大会で倒れた人に出会わなければ宙に浮いたままだったであろうこの言葉は、以後、私の中でより重みを増した。(記者コラム・波多野 詩菜)

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2016年4月30日のニュース