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広島が日本一!!森保監督 就任4年で3度目Vに“若松流”絶叫

[ 2015年12月6日 05:30 ]

<広島・G大阪>優勝を決め、胴上げされる森保監督

JリーグCS決勝第2戦 広島1―1G大阪

(12月5日 Eスタ)
 J1の年間優勝を争う明治安田生命チャンピオンシップ(CS)は決勝第2戦が行われ、年間勝ち点1位の広島がホームで同3位のG大阪と1―1で引き分け、1勝1分けの2戦合計4―3で2連覇した12、13年以来3度目の優勝を決めた。就任4年目の森保一監督(47)は日本人監督では単独最多となる3度目のJ1制覇。限られた戦力を鍛え上げ、CS復活イヤーを年間勝ち点1位に続いて“完全制圧”した。
【試合結果 クラブW杯組み合わせ】

 超満員のスタジアムで、森保監督の体が7回宙を舞った。試合後のインタビュー。普段はクールな指揮官が紫のサポーターを見上げて絶叫した。「広島の皆さん、優勝おめでとうございます」。プロ野球・ヤクルトの若松監督が01年、リーグ優勝した際に発したファンを祝福する名言を再現。さらに実直な人柄をうかがわせるようにCSスポンサーにも言及し「Jリーグ明治安田生命チャンピオンシップ、優勝できました!選手、スタッフが一人一人の責任を全うして、チームのために身を粉にしたクラブ一丸の勝利。苦しい戦いばかりだったが、粘り強く最後まで戦う姿勢を見せてくれた結果」と続けた。レギュラーシーズンでは現行チーム数となった05年以降で史上最多となる勝ち点を重ね、リーグ最多得点、最少失点を記録。CSでも安定した戦いで年間王者を勝ち取った。

 采配が的中した。敵地の第1戦を3―2で制して迎えた一戦。前半27分に先制を許したが、慌てなかった。0―1敗戦でも2戦合計で上回る状況の中、後半12分に浅野、後半20分には柏を投入。守勢に回らない積極策に出ると、後半31分に柏のクロスを浅野が頭で決めて優勝を手繰り寄せた。

 就任から4年目。覇権奪回のために徹底して選手を鍛え上げてきた。今年1月の鹿児島キャンプでは走り込みの量を増やし、階段トレ直後に100メートル弱のダッシュを繰り返す練習を敢行。走力に自信のある21歳の浅野でも「陸上部のよう。高校時代を思い出すきつさだった」と震え上がった。若手主体の2部練習、仙台や山形での練習試合。全てに付き添い、選手を見守った。「まずは練習から見て正しい評価をしてあげることが大事」。監督としてのポリシーは1年目から変わらない。

 サッカーに対する真面目な姿勢は、広島の恩師から多大な影響を受けたものだ。87年にマツダ(現広島)に入団。当時の今西和男総監督にサッカーノートをつけることを義務づけられた。気づいたこと、感じたこと、練習で何をしたのか。それは監督になっても続けている。過去に2度も頂点を極めても「今も常にいろんなことを考えている」という。それをノートに書き込み、自分の中で思考を重ねてきた。

 2年ぶり3度目のJリーグ王者。日本人ではJ1最多優勝監督となったが「うれしいけど、僕一人で成し遂げたものではない。広島力で勝った」と謙虚な姿勢は崩さない。クラブW杯の出場権を獲得し、10日にはオークランドと対戦。世界舞台でもクラブ一丸で戦う“広島力”を見せつける。

 ◇森保 一(もりやす・はじめ)1968年(昭43)8月23日、静岡県生まれの47歳。長崎日大から87年に広島の前身のマツダ入り。92年から広島、98年に京都、02~03年に仙台でMFとしてプレー。J通算293戦15得点。92年4月にオフト監督に見いだされて日本代表に選ばれ、93年にはドーハの悲劇も経験。国際Aマッチ通算35戦1得点。04年以降は広島、U―19日本代表、新潟などのコーチを歴任。12年から広島の監督に就任。1メートル74、68キロ。

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