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オシム氏 代表に提言「ボランチ本田」「柿谷、欧州行け」

[ 2013年10月15日 06:00 ]

日本代表に提言したオシム氏

 ザックジャパンの戦いは元日本代表監督のイビチャ・オシム氏(72)の目にはどう映ったか。サッカー界屈指の知将が15日のベラルーシ戦を前に0―2で敗れたセルビア戦をチェック。中盤でトップ下に君臨するMF本田圭佑(27)のボランチ起用や、飛躍が期待されるFW柿谷曜一朗(23)に欧州移籍を勧めるなど提言を行った。

 (1)本田のボランチ起用 日本はセルビアに負けたが、ピッチ上ではかなりうまくいっていた。選手のパフォーマンスを見れば、引き分けでもおかしくなかった。ただ、気になった点がいくつかあった。まずは今後、ボランチに遠藤より動けて、彼より危険な選手を見いだせるかどうかということ。長谷部はいいが、もう一人長谷部が必要だ。ボランチはしばしば最終ラインに加わらなければならない。屈強で“戦い”(激しいフィジカルコンタクトを伴う対人プレー)に強い選手。ディフェンスラインの前のストッパーで日本にはそういう選手が少ない。本田はどうだろう。体が強く、遠藤のポジションもできる。中村憲では体が軽すぎる。

 そうでなければ本田と香川のポジションは入れ替えた方がいい。本田が左サイド、香川を真ん中でゲームメーカーにする。香川は俊敏で、私の監督時代の羽生がそうだったように、フィジカルが100%だったらダイナミックに走ってシュートまで持っていける。近くにメッシのような選手がいればさらに生きてくる。キープしている間に、他の選手がシャビのように危険な動きをつくり出して、攻撃が容易になる。本田が香川とうまく連係できれば、危険な存在になり得ると思う。

 (2)アウトサイダーとしての戦い方 セルビア戦ではもう少し前線からのプレスがかけられればと思った。セルビアは勝つためにリスクを冒していたので、日本は何度かチャンスをつくることができたし、そこにつけ込めばゴールを決められたはずだ。
 日本はアウトサイダーとしてプレーすることを覚えるべきだ。アウトサイダーとは“本命ではない”という意味。アウトサイダーと言われて怒るのではなく、アウトサイダーとしてこれだけできるということを示せばいい。相手はかさにかかって攻めてくるから、それを利用してカウンターを仕掛ける。うまく利用できれば勝てる。そこは少し役者になってもいい。サッカーは芝居の要素も必要。サッカーは演劇でもあるからだ。

 (3)センターバックの発掘 11月にも欧州でオランダなどと対戦するそうだが、自信を得るいい機会だと思う。イタリアと対戦できればさらにいい。戦術面も技術面も、フィジカル面も全ての面で優れているからだ。
 セルビア戦の日本は悪くなかったが、守備の課題は改善されていなかった。センターバックは誰か選手を探す必要がある。吉田と今野の2人が悪いわけではないが、体の大きさの問題だ。吉田は体は大きいが、プレーが遅い。これから日本と対戦するチームは、ロングボールとクロスを多用してくる。それに対してスピーディーに対応できる選手が必要だ。今野も高さはないが、空中戦でもよく競り合い、勇気も経験もある。何をすべきかをよく理解していて、飛び出しもよく、“戦い”でもひるまない。しかし、総合的に見ると、ディフェンスの中央は高さのある選手を探す必要がある。これはGKにも言えることだ。

 (4)柿谷の欧州挑戦 攻撃では、柿谷はタイプ的には興味深い。体も小さくないし、繊細だ。彼は偉大な選手と同じようにボールをコントロールして、素晴らしいシュートを決めている。まるで欧州のサッカーを見ているようなシュートだ。彼はよく学んでいるのだろうと思う。テレビで試合を見て、自分のためになると思ったプレーを練習で繰り返し、試合でそれを実践する。そうした努力をしていることが、彼のプレーからはうかがえる。彼は他の選手より少し速い。だからボールに速く反応してシュートに持っていける。勇気もある。進歩を促すためにも、欧州のクラブに行った方がいいだろう。

 ▼セルビア戦VTR 敵地ノビサドで0―2の完敗。前半31分に本田、長谷部とつないで最後は香川がシュートしたが阻まれた。前半45分には本田が直接FKを狙うも得点を奪えず。後半14分にセットプレーからタディッチに先制点を許し、46分にはカウンターから追加点を許した。ボール支配率はセルビアの44.1%を上回る55.9%だったがシュート数は相手の11より少ない7だった。

 ◆イビチャ・オシム 1941年5月6日、ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボ生まれの72歳。64年東京五輪にユーゴスラビア代表として出場。ストラスブール(フランス)などでプレーし、86年にユーゴスラビア代表監督に就任。90年W杯イタリア大会にストイコビッチらを擁してベスト8に進出した。03年市原(現千葉)監督。06年日本代表の監督に就任したが、07年11月に脳梗塞で倒れて退任。

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2013年10月15日のニュース