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香川 不発…トップ下で先発も後半途中左MFに…

[ 2013年6月12日 06:00 ]

<イラク・日本>前半、飛び上がりボールを止める香川

W杯アジア最終予選B組 日本1―0イラク

(6月11日 ドーハ)
 ザックジャッパンの現状を象徴するような光景だった。後半22分に清武に代わり中村が入ると、トップ下の香川は左MFにポジションを移した。

 前半14分、左サイドを駆け上がった長友にロングスルーパスでチャンスを演出。同25分には清武とのワンツーでゴールに迫った。しかし、ピッチ中央でのキープ力や“司令塔”としての存在感は、欠場した本田に比べ見劣りした。同じく本田不在で先発した3月のヨルダン戦では敗れてW杯出場を決められなかった。気温36度、砂ぼこりが吹き荒れる過酷な状況下でアピールしたかったが、またしても不発に終わった。

 主力が大量に温存される中、先発したのはザッケローニ監督の配慮だった。絶対的存在だったドルトムント時代と比べて、昨夏から所属するマンチェスターUでは公式戦の出場機会が半減。指揮官から「クラブで多くの試合に出ているわけではないので使いたい」と言われ「試合には常に出たいと思っている」と快諾した。香川にとっては消化試合などではなかった。

 この1年で個に強いこだわりを持つようになった。きっかけは昨年9月11日のイラク戦に向けた国内合宿中の本田、長友との「BIG3会談」。ホテルの一室に集まり「今後の日本代表の進むべき道」をテーマに熱い思いを語り合った。その席で本田から「佑都(長友)も真司(香川)もビッグクラブでプレーしてるけど、それだけでは足りない。ビッグクラブで中心にならないと」と言われた。常に高い志を持つレフティーに大きな刺激を受けた。

 ドーハでのイラク戦は93年10月28日の「ドーハの悲劇」以来、約20年ぶり。4歳だった香川に当時の記憶はないが、あと一歩でW杯初出場を逃したシーンは映像で何度も目にしてきた。尊敬するカズの夢が散った土地で雪辱の思いは強く「ドーハのイラク戦といえばいろんな意味があるし、日本サッカーにとって大事な試合。過去を振り返るのではなく、未来を見て新しい歴史をつくりたい」と燃えていた。

 しかし、不完全燃焼に終わった。左MFにポジションを移してもチャンスには絡めなかった。チームは終盤の岡崎のゴールで勝利こそ挙げたが香川の表情は晴れなかった。

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2013年6月12日のニュース